この「意見」とは、相当の利益として与えられた利益の内容のみならず、その算出過程についての意見も含まれます。なお、「意見の聴取」は、あくまで意見を聴くことを意味し(聴取方法については特段の制約はない)、必ずしもその意見を結果に反映せずとも良いとされています。
仮に従業員から意見が表明されなかった場合にも、使用者から当該従業員に対して意見を求めたと評価できるような事実があれば、意見の聴取がなされたと評価されることとなります。意見聴取の時機については、相当の利益付与前に意見を聴取する方が望ましいようにも思えますが、付与後の意見聴取であっても良いとされています。
また、相当の利益の内容の決定について、使用者から従業者に対して積極的に意見を求めずとも、基準などにより決定された相当の利益の内容について、一定期間意見を受け付ける制度が用意されており、使用者から従業者に対して実質的に意見を求めたと評価できるようであれば、意見の聴取がなされたと評価されます。ただし、当該制度が従業者などに周知されていることが前提です。
なお、共同発明者がいる場合には、共同発明者間の代表者から意見を聴取することも認められますが、各発明者から個別に意見を聴取する方が望ましいでしょう(共同発明者間で利害が対立する可能性もあるため)。
そして、意見聴取の結果意見が出された場合には、当該意見に対する回答を行う※10など、真摯(しんし)に対応する必要があります。さらに、相当の利益の内容の決定について社内の異議申立制度を整備し、相当の利益の付与に関する通知を従業者に送付する際に異議申立窓口の連絡先も併せて通知するなど従業者に周知徹底することは、社内の異議申立制度が有効に機能することを担保することとなります。不合理性の判断にかかる意見の聴取の状況としては、不合理性をより強く否定する方向に働くものと考えられています。
※10:従業者からの内容が類似する複数の意見に対して、使用者の考えをまとめて提示した場合であっても、各従業者に対して実質的に回答したものと評価できる場合には、不合理性の判断にかかる意見の聴取の状況としては、不合理性を否定する方向に働くものと考えられる。
意見聴取に当たっては、従業員に資料や情報を提示することも考えられます。一例として、以下の資料や情報が例示されています※11※12。
※11:こうした資料や情報においては、従業者などが受けた経済上の利益に対して課せられる所得税の取扱いについても明確にすることが望ましい。
※12:ただし、使用者その他関係者の営業秘密などの情報を従業者に対して提示することが問題と判断される場合、その情報を提示する必要はないと考えられている。
【例1:相当の利益の内容を決定するための基準として、期待利益を採用する場合】
(1)当該職務発明にかかる製品の市場規模予測
(2)当該職務発明にかかる製品の利益率予測
(3)利益に対する当該職務発明にかかる特許権の寄与度予測
【例2:相当の利益の内容を決定するための基準として、売上高等の実績に応じた方式を採用する場合】
(1)当該職務発明にかかる売上高に関する資料
(2)当該職務発明にかかるライセンス契約の概要と使用者などが受けた実施料その他の利益の内容
(3)利益に対する当該職務発明にかかる特許権の寄与度や寄与度の根拠
また、相当の利益を適切なプロセスで、適切な内容のものとして算出したことについて証拠を残しておくため、以下の資料を可能な限り保管しておくことが望ましいとされています。
【例1 基準の策定にかかる基礎資料】
(1)基準の策定に至る経緯を示す資料
(2)使用者などと従業者などとの間で、基準の策定について協議が行われた場合には、その議事録、協議に用いた資料、協議への参加者名簿など
(3)基準の策定に際し、又は基準の策定後に、従業者等に対する説明会を開催した場合には、その議事録、説明に用いた資料、説明会への参加者名簿など
(4)基準について、使用者などと従業者などとの間で合意に至った場合には、その合意の内容を示す基準の開示が行われている場合には、その日時、開示の方法、開示の状況を示す資料
【例2 相当の利益の内容にかかる基礎資料】
(1)相当の利益の内容を決定する際に用いた資料
(2)相当の利益の内容の決定について、各従業者などへ何らかの説明を行った場合には、それに関する通知書、説明資料その他の資料
(3)相当の利益の内容について、使用者などと各従業者などとの間で合意に至った場合には、その合意の内容を示す資料
(4)相当の利益の内容の決定について、各従業者などから意見を聴取した場合には、その意見の内容を示す資料
(5)各従業者などから聴取した意見について、検討を行った場合には、その検討の過程及び結論を示す資料
(6)各従業者などから聴取した意見について、社内の異議申立制度などに基づいて判断がなされた場合には、その経緯及び結論を示す資料
基準を改定する場合には、改定される部分については新たな基準を策定するのと同様と評価できるため、上述した各点を踏まえつつ対応する必要があります。また、新入社員については、既存の基準に関する話し合いを行っておくことが、協議の状況として不合理性を否定する方向で考慮されます※13。
※13:合意まで至れば最良であるが、合意に至らずともそのこと自体で直ちに不合理と評価されるわけではない。
なお、この話し合いの程度は、「当該基準をそのまま適用することを前提に使用者などが新入社員に対して説明を行うとともに、新入社員から質問があれば回答するという方法」も許容されていることには留意する必要があります。
退職者については、退職後も相当の利益を付与し続けることも考えられますが、退職時や特許登録時に一括して相当の利益を付与することも許容されています。
今回は、事業会社によるスタートアップのM&Aに際しての知財DDに関する留意点のうち、職務発明についての留意点についてご紹介しました。次回は、事業会社によるスタートアップのM&Aの留意点のうち、知財DDにおける第三者からの権利侵害警告に関する問題点を特にご紹介していきます。
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山本 飛翔(やまもと つばさ)
2014年 東京大学大学院法学政治学研究科法曹養成専攻修了
2016年 中村合同特許法律事務所入所
2019年 特許庁・経済産業省「オープンイノベーションを促進するための支援人材育成及び契約ガイドラインに関する調査研究」WG(2020年より事務局筆頭弁護士)(現任)/神奈川県アクセラレーションプログラム「KSAP」メンター(現任)
2020年 「スタートアップの知財戦略」出版(単著)/特許庁主催「第1回IP BASE AWARD」知財専門家部門奨励賞受賞
/経済産業省「大学と研究開発型ベンチャーの連携促進のための手引き」アドバイザー/スタートアップ支援協会顧問就任(現任)/愛知県オープンイノベーションアクセラレーションプログラム講師
2021年 ストックマーク株式会社社外監査役就任(現任)
「スタートアップ企業との協業における契約交渉」(レクシスネクシス・ジャパン、2018年)
『スタートアップの知財戦略』(単著)(勁草書房、2020年)
「オープンイノベーション契約の実務ポイント(前・後編)」(中央経済社、2020年)
「公取委・経産省公表の『指針』を踏まえたスタートアップとの事業連携における各種契約上の留意事項」(中央経済社、2021年)
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