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» 2022年01月20日 09時00分 公開

「学習用データセット」は共同研究開発の成果物に入りますか?スタートアップとオープンイノベーション〜契約成功の秘訣〜(6)(1/3 ページ)

本連載では大手企業とスタートアップのオープンイノベーションを数多く支援してきた弁護士が、スタートアップとのオープンイノベーションにおける取り組み方のポイントを紹介する。第6回は前回に引き続き、共同研究開発契約をテーマに留意点を解説していく。

[山本飛翔,MONOist]

 前回はスタートアップとのオープンイノベーションに際して必要になる、共同研究開発契約締結時の留意点についてご紹介しました。今回の連載第6回では前回触れることのできなかった、AI(人工知能)の学習済みモデルなど研究成果物の取り扱い方や、その考え方など残りの部分をご紹介します。

⇒連載「スタートアップとオープンイノベーション〜契約成功の秘訣〜」バックナンバー

※本記事における意見は、筆者の個人的な意見であり、所属団体や関与するプロジェクト等の意見を代表するものではないことを念のため付言します。

「成果物」に学習用データセットは入るのか?

 例えば、AI分野における共同研究開発のように、企業間でのデータのやりとりが必要になる場合は、PoC(概念実証)契約と同様に、データに関する取り扱いを別途、定めておく必要があります。

 また、AI関連の共同研究開発においては、研究開発の結果生まれるであろう学習済みモデルの取り扱いも重要となります。この点に関しては、まず、共同研究開発の「成果物」に学習用データセットを含む規定を設定するのか否かが問題です。

 事業会社からスタートアップに対して学習用データの元となるデータが提供されるケースを想定します。スタートアップは、提供を受けた生データをそのままの状態でAIの学習に利用することはできません。正解ラベルを付けたり(アノテーション)、極端な外れ値の除外やクレンジング、データ拡張を行うなどの加工や前処理を行い、学習用データセットを作成します。

 この加工や前処理の作業にはスタートアップのノウハウが反映されるため、秘密として保護する必要性が高いといえるでしょう。そのため、この学習用データセットについては「成果物」と異なる取り扱いをすべく、別途規定を設けることが望ましいでしょう。

 一般的に、事業会社はモデル生成のための学習用データセットの開示を受けなければ共同研究開発の目的が達成できない、とまでは言い難いはずです。このため、モデル生成のための学習用データセット開示の要否については、スタートアップが学習用データセットを事業会社に開示する義務を負わないようにすることが望ましいと言えます。

学習用データセットの利用範囲をどう設定すべきか

 学習用データセットは事業会社から提供を受けたデータから生まれた派生物です。価値ある対象データを提供した事業会社への配慮は当然必要となります。そのため、共同開発の目的の範囲内でのみ、スタートアップが学習用データセットを利用できるようにするのが良い落としどころになるでしょう。

 では、成果物を活用した事業を立ち上げた後の、学習用データセットの利用形態はどうなるでしょうか。例えば、成果物であるカスタマイズモデル(=学習済モデル)をSaaS(Software as a Service)形式で提供する場合には、学習用データセットを学習済みモデルの追加学習に利用します。しかし、事業化後も学習用データセットについて、共同開発目的内利用義務や一定の場合における消去義務が残存していると、スタートアップの事業展開が事実上不可能となります。

 そのため、事業化が具体的に見込まれる段階に至り、利用契約等の契約を締結する際には、これらの義務が課されないように規定しておくことが考えられます。

 以上の点について、経済産業省、特許庁が公開したモデル契約書(AI編)は、以下のように定めています(共同研究開発契約12条、13条)。

第12条 甲は、対象データを、善良な管理者の注意をもって管理、保管するものとし、乙の事前の書面等による承諾を得ずに、第三者(第8条に基づく委託先を除く。)に開示、提供または漏えいしてはならない。

2 甲は、事前に乙から書面等による承諾を得ずに、対象データについて本共同開発遂行の目的以外の目的で使用、複製および改変してはならず、本共同開発遂行の目的に合理的に必要となる範囲でのみ、使用、複製および改変できる。ただし、別紙(1)に別段の定めがある場合はこの限りではない。

3 甲は、対象データを、本共同開発遂行のために知る必要のある自己の役員および従業員に限り開示等するものとし、この場合、本条に基づき甲が負担する義務と同等の義務を、開示等を受けた当該役員および従業員に退職後も含め課す。

4 甲は、対象データのうち、法令の定めに基づき開示等すべき情報を、可能な限り事前に乙に通知した上で、当該法令の定めに基づく開示先に対し開示等することができる。

5 甲業務が完了した場合、本契約が終了した場合または乙の指示があった場合のいずれかに該当する場合、甲は、乙の指示に従って、対象データ(複製物および同一性を有する改変物を含み、本学習用データセットを除く。以下本項において同じ。)が記録された媒体を破棄もしくは乙に返還し、また、甲が管理する一切の電磁的記録媒体から削除する。ただし、本条第 2 項での利用に必要な範囲では、甲は対象データを保存することができる。なお、乙は甲に対し、対象データの破棄または削除について、証明する文書の提出を求めることができる。

6 甲は、本契約に別段の定めがある場合を除き、対象データの提供等により、乙の知的財産権を譲渡、移転、利用許諾するものでないことを確認する。

7 本条の規定は、前項を除き、本契約が終了した日より3年間有効に存続する。

※甲=スタートアップ、乙=事業会社。以下同。

第13条 甲は、本共同開発の過程で甲が生成する本学習用データセットを、乙に対し開示等する義務を負わない。

2 甲は、本学習用データセットを、本共同開発の遂行の目的を超えて、使用、利用または第三者に開示等してはならない。

3 甲は、甲業務が完了した場合、本契約が終了した場合、または乙の指示があった場合のいずれかに該当する場合、本学習用データセット(複製物および同一性を有する改変物を含む。)が記録された媒体を破棄し、また、甲が管理する一切の電磁的記録媒体から削除する。

4 前2項の規定は、甲と乙が、本件成果物の利用に関する契約を締結した場合には適用しない。

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