投資家による出資後、出資金がスタートアップの成長に関係のない事項などに使われると、投資家はリスクをとっているにもかかわらず、投資の目的が達成できなくなるおそれが増します。リスクの平等性の観点からは不公平ですので、投資契約においては、投資家が株式などの対価としてスタートアップに払い込む資金の使途について、一定の制限がかけられます。違反した場合には、スタートアップ、または経営株主に損害賠償義務が課される他、投資家によるプット・オプションの発動事由とされることがあります。
使途については、投資家による資金の使途のコントロールの要請を重視すれば、特定の開発事業の開発資金など個別具体的に定めることも考えられます。ただ、特に初期フェーズのスタートアップの場合は、プロダクト/サービスの改良やピボットで事業計画などが変わる可能性もあり、過度に限定するとスタートアップの経営の柔軟性が失われ、投資家とスタートアップの双方にとって望ましくない事態となるでしょう。
特にCVC(または事業会社)が投資家になる場合(いわゆる資本業務提携の場合も含む)、自社が投資した出資金や投資の成果が直接、あるいは間接的に競合他社に移転されることを懸念し、取引先を制限する条項が設けられることがあります。
しかし、スタートアップは未開拓のニッチマーケット、つまり小さい市場から始まる一方で、一定の期間内に大きく成長し、EXITに至ることを求められる存在です。特定の大企業との取引を安定的に受注できることがWin-Winの関係になりやすい下請企業とは異なり、(ビジネスモデルにもよるものの)数多くの取引先との取引を実行して市場自体を拡大しつつ、自社の売り上げや利益を大きくしていく必要があります。そのため、取引先の制限は基本的に、そのスタートアップの成長を閉ざすリスクがあることを念頭に置かなければなりません。
例えば、クレジットカード大手のVISAと決済システムのスタートアップSquareの協業例を見てみましょう。仮にVISAがSquareに対し、Masterなど競合他社との取引を禁止していれば、SquareはVISAのクレジットカードしか取り扱えませんでした。これでは、現在のようにSquareのサービスが広く普及することはなかったことは明白でしょう。
そのため、取引先の制限は、その他の契約条件や投資後における一定のサポートなどにより、そのスタートアップの成長可能性を担保できる状態にしない限り、その導入には慎重になるべきでしょう。
時に、株主間契約ではなく、投資契約において最恵待遇条項の設定を投資家から求められることもあります。最恵待遇条項とは、他の出資者に対して有利な条件の投資契約を結んだ場合には、当該投資家にも同条件を適用するようにする、ということです。
しかし、そもそも最恵待遇条件は、一般的にスタートアップを拘束するためというよりは、他の投資家の抜け駆けを防止する意図で規定されたものです。複数の投資家がいる場合に株主間契約が締結される状況下では、株主間契約でその時点でのリード投資家などの重要な地位を占めている出資者が優遇されるように定められることが多くあります。投資契約において最恵待遇条項を定めようともその効力が発揮されることは考えづらいでしょう。従って、投資契約においては、特段の事情がない限り、最恵待遇条項は不要かと思われます。
今回は、事業会社によるスタートアップへの投資における投資契約の留意点の前半についてご紹介しました。次回は、後半部分を解説いたします。
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山本 飛翔(やまもと つばさ)
2014年 東京大学大学院法学政治学研究科法曹養成専攻修了
2016年 中村合同特許法律事務所入所
2019年 特許庁・経済産業省「オープンイノベーションを促進するための支援人材育成及び契約ガイドラインに関する調査研究」WG(2020年より事務局筆頭弁護士)(現任)/神奈川県アクセラレーションプログラム「KSAP」メンター(現任)
2020年 「スタートアップの知財戦略」出版(単著)/特許庁主催「第1回IP BASE AWARD」知財専門家部門奨励賞受賞
/経済産業省「大学と研究開発型ベンチャーの連携促進のための手引き」アドバイザー/スタートアップ支援協会顧問就任(現任)/愛知県オープンイノベーションアクセラレーションプログラム講師
2021年 ストックマーク株式会社社外監査役就任(現任)
「スタートアップ企業との協業における契約交渉」(レクシスネクシス・ジャパン、2018年)
『スタートアップの知財戦略』(単著)(勁草書房、2020年)
「オープンイノベーション契約の実務ポイント(前・後編)」(中央経済社、2020年)
「公取委・経産省公表の『指針』を踏まえたスタートアップとの事業連携における各種契約上の留意事項」(中央経済社、2021年)
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