株式か新株予約権か、スタートアップ投資の対価はどうすべき?スタートアップとオープンイノベーション〜契約成功の秘訣〜(10)(1/4 ページ)

本連載では大手企業とスタートアップのオープンイノベーションを数多く支援してきた弁護士が、スタートアップとのオープンイノベーションにおける取り組み方のポイントを紹介する。第10回はスタートアップへの投資契約における留意点を解説する。

» 2022年05月16日 07時00分 公開
[山本飛翔MONOist]

 前回は、事業会社によるスタートアップへ投資する際の留意点の総論をご紹介しました。

 連載第10回である今回は投資契約における留意点について、次回と併せて前後編で紹介します。スタートアップへの投資を行う場合、通常、スタートアップとの間でのみ締結する投資契約(株式引受契約)と、創業者株主や各ラウンドに参加していた(する)投資家との間で締結する株主間契約を締結することになります。

※なお、本記事における意見は、筆者の個人的な意見であり、所属団体や関与するプロジェクト等の意見を代表するものではないことを念のため付言します。

普通/優先株式か、新株予約権か

 スタートアップが融資※1ではなく、投資家からの資金調達を検討する場合、主に検討される手法は「普通株式による資金調達」「優先株式(種類株式)による資金調達」「新株予約権による資金調達」が挙げられます※2※3。これに加え、近年では、慶應義塾大学の大学発ベンチャーSpiberのように、融資でも株式や新株予約権でもなく、証券化を活用した大型資金調達(250億円)を実施した例もあります(日本経済新聞の記事)。同資金調達においては、同社の有形資産と無形資産(主に特許権などの知的財産権が評価されたものと思われる)を裏付けとして事業価値を評価する証券化という新たな手段が用いられました。

※1:スタートアップの融資による資金調達については、千保理/滝琢磨/辻岡将基『ベンチャー企業が融資を受けるための法務と実務』(第一法規、2019年)が参考になる。

※2:種類株式や新株予約権を活用する際の留意点について、プルータス・コンサルティング(編)『新株予約権等・種類株式の発行戦略と評価 資金調達、インセンティブ、M&A、事業承継での活用』(中央経済社、2020年)も参考になる。

※3:その他、転換社債型の新株予約権付社債等も用いられているが、この場合、転換社債は投資を受けるスタートアップのバランスシート上、負債として計上されることになるため、すぐに債務超過となってしまい、借入や他社とのアライアンスにおける支障になりかねないというデメリットもある。本書では詳細な検討は割愛する。

 以下では、スタートアップ投資に特有の検討事項が多い「優先株式による資金調達」「新株予約権による資金調達」を中心に紹介します。

 まず、「優先株式による資金調達」について、優先株式を用いた資金調達のメリットは以下の点にあります※4。優先株式を用いた資金調達は以前と比較して、増加傾向にあるといえます。

※4:宍戸善一=ベンチャー・ロー・フォーラム『スタートアップ投資契約 モデル契約と解説』(商事法務、2020年)9〜11頁、宍戸善一ほか「〈連載〉企業の一生プロジェクト シリーズA(3)―VCからの出資を受ける」NBL1138号(2019年)74頁、宍戸善一/ベンチャー・ロー・フォーラムVLF 編『ベンチャー企業の法務・財務戦略』(商事法務、2010年)268〜272頁〔棚橋元/林宏和〕参照。

(1)出資金額と支配の分配を切り離して交渉できる

 優先株式に取締役選任権や拒否権を付けることで、少数派株主も、持分割合に関係なく、取締役会に議席を確保することが可能となり、重要事項に関する拒否権を持つことができます。

 普通株式と優先株式の発行価額に差をつける※5ことで、投資家に比して少額の出資しかしていない創業者でも出資金額以上の議決権を維持できます※6

※5:この観点から、優先株の一内容として優先配当が含められることがある。株式公開前のスタートアップにおいて実際に剰余金の配当を行うことは基本的に想定されないことを踏まえれば、優先配当条項を設ける実益は小さいものの、優先株について普通株式よりも高いバリュエーションにすることへの正当化の一根拠として利用されることがある。

※6:この場合、創業者の株式の希釈化を防止することで、その後の資金調達やストックオプションを活用した採用やライセンスの獲得(大学からのライセンスインの箇所で詳述する)の余地も増大し、スタートアップ成長可能性を大きく残せる。

(2)インセンテイブ・バーゲニングの結果の法的実効性が高まる

 単に株主間契約で取締役選任権や拒否権を定めた場合、これに違反しても債務不履行責任(損害賠償責任)が発生するのみです。一方、定款に優先株式の内容として取締役選任権や拒否権を規定すると、種類株主総会においてそれらに関する決議が行われるため、取締役選任権や拒否権を無視し難くなります。

(3)資金調達のラウンドごとに、容易に株式の内容を異なったものにできる

 資金調達時の企業価値、創業者と投資家の相対的交渉力は異なります。優先株式を使えば、ラウンドごとに異なった種類の株式を発行できるため、この違いに応じて、発行価額及び優先株式の内容を調整できます。

 各ラウンドの優先株主の利害を同一とみなし、(各ラウンドの)リードインベスターと株式の発行企業が交渉を容易に行えるようにします。

(4)優先残余財産分配請求権とM&A時のみなし清算条項※7で、創業者と投資家のインセンティブを調整できる

 十分に企業価値が高まる前にスタートアップ企業が解散、あるいはM&Aによって売却された場合を考えます。解散や売却の対価が株式数に応じて分配されるとした場合、創業者に比して多額の出資を行った投資家は割を食い、反対に、創業者はタナボタ的な利益を得ることになりかねません。こうした弊害を防止できます。

※7:株式譲渡などのM&AによるEXITの際に、投資家がM&Aの対価から優先的に分配を受けることとするもの。

(5)優先株式の普通株式への転換比率の変更方法をあらかじめ定めておくことで、ダウンラウンドの際の希薄化防止やマイルストーン未達成時の調整を行える

 自らが出資したラウンドの次回以降の資金調達で一株当たりの発行価額が下がってしまった場合、持株の価値が希薄化されてしまうリスクに対応する必要があります。ダウンラウンドの際には、優先株式の普通株式への転換比率を、1対1よりも幾分大きくすることで、希薄化のインパクトを弱められます。

(6)普通株式と優先株式の価格差を利用して、創業者のインセンティブを高めることができる

 権利の内容を異にする普通株式と優先株式であれば、比較的短期間の内に発行価額に大きな差をつけても納得感を得やすいでしょう。投資家が普通株式よりかなり高い発行価額で優先株式を引き受けて、創業者の持ち分割合の急激な低下によるインセンティブの阻害を防げます。IPO時には優先株式は普通株式に1対1で強制転換されるのが原則なので、創業者にアップサイドの強いインセンティブを与えられます。

優先株式は手続き負担も増やす

 一方で、スタートアップとしては、優先株式を発行すると、通常の株主総会とは別に、種類株主総会も開催する必要がありますので、手続的な負担が増えることには注意が必要です。なお、こうした懸念の払拭(ふっしょく)のため、優先株式の発行に際して、法定の種類株主総会(会社法322条1項)を要しない旨を定めるケースも増えています。

 また、種類株主総会を開催する場合、種類株主総会と通常の株主総会を同時に開催するとき、両者の招集通知を1通の招集通知で兼ねることができるか、という問題について、議題および議案が両総会ごとに区分して明示され、両総会の招集通知として記載事項が網羅されている限り、株主が両総会の議題などを混同したりするおそれはなく、兼ねることに問題はないと解されています(岩原紳作『会社法コンメンタール 第7巻 機関(1)』〔山下友信〕376頁(商事法務、2013年))。

新株予約権は迅速な資金調達実現のため

 「新株予約権による資金調達」について、新株予約権を用いた資金調達としては、日本では有償の転換価額調整型新株予約権を活用したJ-KISS※8がよく利用されていますが、株式ではなく新株予約権を用いて資金調達をする主な理由は、特にプロダクト/サービスのリリース前などステージが若いスタートアップのパリュエーションを次回の株式による資金調達まで繰り延べ、迅速な資金調達※9を実現するためといわれています。

 なお、通常この場合、投資家は新株予約権から株式への転換価額を調整して、次の資金調達で新たに株式を取得する投資家よりも有利な価額で新株を取得できる設計として、シード投資によるリスクをとることに見返りが与えられます。

※8:Coral Capitalが無償公開している契約書で、同社のサイトで確認できる。なお、契約書は解説コメント付きのものも公開されているため、J-KISSの契約書の留意点等は同解説を参照されたい。

※9:新株予約権取得時点において払い込みがなされ、その後の新株予約権の行使に際しては払い込みを行わないため。

 これらの特徴を踏まえ、スタートアップへ投資するCVCとしては出資の対価として何を選択するかを、出資先スタートアップとよく協議して検討するべきでしょう。

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