AUTOSARの最新リリース「R21-11」(その2)+標準化活動の近況AUTOSARを使いこなす(22)(3/3 ページ)

» 2022年01月12日 11時00分 公開
[櫻井剛MONOist]
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コンセプト#5(新規):Memory Stack Rework

 AUTOSAR CPでのMemory Stackは、不揮発メモリ(NVRAM)アクセスを行うモジュール群です。

 R20-11まではEEPROMやData Flashを対象にしており、図1のような構成となっていましたが、R19-11(本連載第14回参照)でのNon-Volatile Data Handling Enhancementsコンセプトやソフトウェアアップデート(Firmware over the Air、FOTA)の導入で、Flashへの書き込みの排他制御に関する問題や、EEPROMやData Flash以外のメモリ種別(Code Flashなど)への対応の必要性が浮き彫りになりました。

 そこで、従来のEEPROM Driver(Eep)およびFlash Driver(Fls)のそれぞれを上下2層に分け、統合し、さらに機能拡張を加えたうえで、ハードウェア非依存の上側をMemory Access(MemAcc)、ハードウェア依存の下側をMemory Driver(Mem)という形に整理し直しました。MemAccとMemは新規追加のBSWとなります。また、EepとFlsは、MemAccとMemにより置き換え可能となるため、将来的には廃止される予定です(廃止予定時期は示されていません:see SWS MemAcc, sec. 1.1)。

図1 図1 変更前のAUTOSAR CP Memory Stack(R20-11まで)[クリックで拡大]
図2 図2 変更後のAUTOSAR CP Memory Stack(R21-11)[クリックで拡大]

最近のAUTOSARの状況(標準化活動他)

 ここまでの5つのコンセプトのご紹介でもかなりの分量になりましたので、残りの5つのご紹介は次回のお楽しみとさせていただき、少しAUTOSARの近況をご紹介いたします。

 私が最後に欧州に渡航して対面形式の会議に参加したのは2020年1月末です。

 その当時はコロナ禍(COVID-19)の流行がここまでになるとは考えが及ばず、2020年3月のAUTOSAR Open Conference 2020※6)への参加の準備を進め、また、その後の弊社(イーソル)欧州拠点での大規模な社内研修実施に向けて準備を進めていました。それが、あっという間に在宅勤務中心になってしまい、長年続けてきた関東圏での単身赴任をついには新潟県の自宅での勤務に切り替えることになるなんて、全く予想しておりませんでした。

※6)AUTOSAR Open Conference 2020(AOC 2020):2020年3月にポルトガル・リスボンでの開催が予定されていましたが、コロナ禍で開催中止となりました。代わりに、わずかなプレゼン資料のみが公開されました(なお、スライドの公開はもう終了してしまった模様で、現在はプレゼン資料自体にはアクセスできませんでした)。

 標準化活動については、定例会議がもともと月例の対面形式会議と毎週のオンライン形式会議の組み合わせでしたので、オンライン開催のみへの移行そのものに大きなトラブルはありませんでした。しかし、やはり違いはありますし、じわじわと効いてきています。対面式会議ではよく行われていた、昼休みや休憩、夕食などの際の「これ、もうちょっと教えて」という密な会話を持ちにくくなったことや、進行中の議題が自分とまるっきり関係ないときに抜け出したり、会議室の部屋の片隅のホワイトボードに集まったりして、別の議論やその仕込みをする(お互いにミニ講義を行うなどして議論の「土台」合わせをするなど)という形で、会議時間の有効利用ができていたのです。でも、今はどうしても「待ち」の時間が増えてきてしまっています。

 もう1つ、同様にじわじわと効いてきているのは、時差です。現地に飛んでいたころは時差ボケに苦しんでいましたが、実は移動することでそれなりに時差の調整ができていたのだと実感しています。時差ボケに苦しみながらも、同じ時間帯を共有し、また、移動の時間を利用して集中していろいろな準備ができること、それはそれで価値がありました。しかし、欧州時間で開催される長時間のオンライン形式会議に日本から参加するようになってからは、どうしても夕方から深夜にかけての会議となり、翌日はまた日本時間での朝から夜までの通常勤務となってしまいます(欧州側は午前、場合によっては早朝の会議ですし、こちらも夜または深夜、お互いに同居の家族にも迷惑を掛け……)。移動がなくなり楽になった代わりに、時差調整にかけることができる期間や、一人の時間も失ったという、トレードオフですね。

 また、一部メンバー間ではメールだけでのやりとりが増えてしまい、議論の過程が記録されておらず、途中参加や前回欠席となった後の会合では苦労するなんてこともありました。独占禁止法違反、例えばカルテルなどの疑いをかけられないためにも、このようなことが好ましくないのは当然です。ただ、その旨たった一言お伝えしただけでも、たいていはご理解いただけました(「皆さん、その辺はきちんと気にしておいでなのだな」ということを知る良い機会でもありました)。

 効率の問題とは別の問題、負荷の上昇と集中も起きています。

 AUTOSAR R21-11の文書量は、PDFのファイル数を数えるだけでも316個に上ります。

  • Foundation(FO):43
  • Classic Platform(CP):213
  • Adaptive Platform(AP):60

 また、その他にもEnterprise ArchitectのUMLモデルなどがありますし、また、一般には公開されない、AUTOSAR内部のプロセス文書なども多数あります。

 R21-11リリースイベントでの発表内容によると、現在、AUTOSARパートナー(会員)の数は301とのことです。その内訳は、9のCore Partner、61のPremium Partner※7)、58のDevelopment Partner、146のAssociate Partner、27のAttendeeです。これらのうち、134のパートナーが標準規格開発に参加しているとのことです(Associateは開発への参加資格がありませんし、開発に参加できるAttendeeでも実際に参加しているのは一部だけですので、開発に参加するのはパートナー総数の半分以下です)。

※7)Premium Partnerのうちデンソーが、Core Partnerと同様にAUTOSARの方針策定にもかかわるStrategic Partnerとして認められ登録されています。2019年にStrategic Partner制度が開始された際、デンソーとLGの2社が登録されましたが、2021年末時点では、LGがリストから外れており、デンソーの1社のみとなっています。

 分野別に分けられたWorking Group(WG)のメンバー(約160人の執筆者:document ownerを含む)で手分けして開発が進められていますが、人手不足は慢性化しています。例えば、通信関連WGでは、約60の文書を持っているのに、執筆者は約30人、定例会議の参加者は10人にも満たないのです。AP開発が始まって以降、年々負荷が高まっています。

 そもそも、問題の解決や機能の拡張のためにはニーズの有無やユースケースの特定が不可欠で、プラットフォームのベンダーだけでは解決できません。実際にそれを使用してECU/システムを開発するユーザーの声が必要になることも多いのです。その決め手がないから、議論が空回りしたり、いざ使ってみると使いにくくなったり……そんなことが起きやすくなります※8)

※8)とはいっても、「あの機能を入れてくれ、この機能を入れてくれ」という要求だけ出して、汗をかかないということでは、風当たりも強くなります(開発費を出さずに、ベンダーに開発をさせる場だと勘違いしている方も時折見かけますが、主要メンバーから「指導」が入ることも珍しくありません)。もちろん、フェアにやっておいででしたら何の問題もありません。

 特に、これまでの経緯を見ても、日本でのAPの立ち上がりは欧米に比べて遅い時期となるのではないかと思います。そうなのであれば、「CPの保守」は前回記事で触れた「プラットフォームの安全保障」の重要な一部でもあるでしょう。

 私が担当する部分の活動においても、R21-11では特に、WdgMのCP Flexibilityコンセプト対応でかなり負荷が高くなってしまったため、LINに関する各種問題点(特に診断通信関連のもので、重要性が最近高まっているもの)に対して、ほとんど手を付けることができませんでした。そんな状況だったにもかかわらず、実は今回、ある文書の引き受け手がいなかったため、暫定的にその文書の編集作業(一部の技術的検討含む)を引き受けざるを得ませんでした。

 私が副主査を務めるJASPARのAUTOSAR標準化WGは、どちらかといえば「他のWGの活動支援の提供」のような役割を担っています(JASPAR内の他のWGとは異なり、新たな技術開発や提案を行うことがメインではありません)。また、AUTOSAR改訂に関する情報の収集や取りまとめだけではなく、AUTOSAR標準化活動への参加メンバーの立ち上げ支援なども行っています。

 AUTOSARでもJASPARでも、「今はほとんどAUTOSARに関して専門知識まではないが、参加する中でレベルを上げていく」という形での参加も一般に行われていますので、ぜひとも、活動へのご参加をご検討いただき、また、その準備について、ご相談いただければと思います。

次回に続く

 次回は、R21-11で導入されたコンセプトの残り5つをご紹介します。あまり間を開けずに掲載する予定です。

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