AUTOSARの最新リリース「R21-11」(その1):新規コンセプトの他に変更や廃止もAUTOSARを使いこなす(21)(4/4 ページ)

» 2021年12月20日 10時00分 公開
[櫻井剛MONOist]
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技術や開発での安全保障面で国内自動車業界はAUTOSAR標準化に向き合えているのか

 たとえ、新たな機能などの追加の提案を行う見込みがなかったとしても、標準化活動の成果物(標準規格など)を、ユーザーとして継続的に安定して利用できるように維持することを目的として、「標準化活動の行方を見守り、振り回されないように制御し続ける」というだけでも、標準化活動への参加の立派な理由となるのではないでしょうか?

 「自分たちにはやりたいことがあり、そのために標準規格を道具として用いる/頼る」ということであれば、道具の使いやすさや、入念な手入れ(保守)、そして安定供給に気を配ることは、当然のことだと思います。ある意味、自分たちの活動を続け発展に必要な「安全保障」のための方策でしょう。

 もちろん、「とにかく主流に乗っかる」という戦術で成功することもあるかもしれません。また、「乗っかる」のレベルまでコントロールを放棄してしまうのではなく、「自分たちが使用する製品のベンダーに緩い形での代役※11)をしてもらい、ある程度コントロールを持つ」というのも、やり方の一つではあるでしょう。

※11)「緩い形での代役」:契約に基づき標準化活動への参加を委託/受託するような形ではなく、標準化活動の成果である標準規格を利用した製品を利用し、そのフィードバックを提供することで、ユーザーの意向にある程度沿った形での標準化活動をベンダーが行うような関係のこと。受託の場合であれば、他のユーザーから同様の契約で標準化活動に参加するなら、利益相反の状況が起き得ます(プロジェクトの適切な分離などの措置を講じない限り、契約の履行に問題が生じるが、ベンダー側の製品戦略にまでつなげようとすれば、分離にも限界がある)。しかし、緩い形での代役であれば、利益相反の状況は、ベンダーによるトレードオフ判断の範囲に置き換えられてしまいます。

 しかし、それでいいのでしょうか? まず、「そのベンダーの顧客の中での、相対的な重要さ」を自分たちが獲得しなければ、代役の機能を十分に果たしてもらえる保証はありません(例:トレードオフ判断の中では、他のより重要な顧客の意向が優先される)。また、主流に乗っかる、言い換えると、そのベンダーの全顧客のニーズにおける「中央値付近」を意図的に利用していく(自分のニーズの重要さを、他顧客の数の力も借りて高めるアプローチを取る)にしても、AUTOSARのような「生きて成長を続けている標準規格」(なまもの)では、「中央値付近」自体も変化していきます。さらに、ベンダーによる「中央値付近」の誘導や歪曲がないことを検証※12)するすべがあるのでしょうか? 検証できないのであれば、結局「標準規格に基づく製品のベンダーの意図」にロックインされる構図を防げないのではないでしょうか? ロックインの構図での「支配者」が交代する、あるいは「支配の構図」が多少変わるだけではありませんか?

※12)もちろん、標準化活動に参加して動向把握するというような形での緩い検証は可能です。でも、身も蓋もない言い方になりますが、「参加しないですませる」という当初の狙いとは矛盾する構図となってしまいます(だから、いっそ代役と積極的にタッグを組んでしまう、というのもよいのかもしれません、いろんなことができるようになりそうですし……)。また、動向把握のために独自に(標準化活動の外で)情報交換をするにしても、今のご時世、うかつにそんなことをしてしまえば、独禁法や不正競争防止法などの観点から疑われる材料を増やすことにもなってしまいます。

 当然ながら、企業活動の中で標準化活動に参加するに当たっては、費用や人財など貴重なリソースを投入する必要がありますから、費用対効果は重要です。しかし、得られる効果や効用は、評価する側の「目」に左右されます。「分かりやすい効果」※13)だけに目を向けるのではなく、業界全体の構図を見渡した時に見えてくる「使いたい技術や道具を安定して利用できるように維持する」というような、「一見しただけでは分かりにくい効果」を適切に評価することは、AUTOSARのような標準規格を活用する上でのカギの一つだと考えます。

 そして、それをできるようになるためには「なぜAUTOSARを使うのだろうか?」という問いに対して、一般論としての答えだけではなく、少なくとも「自分は、これこれこうしたいからだ」という本音、生きた答えを用意する必要があるのだと考えています。ただ、自分の本音であっても、実際にきちんと書き出そうとすると、とても難しいものですが。

※13)「分かりやすい効果」:「新規提案をするわけでもないのに、人とカネを投入するわけにはいかない」という声は、実際しばしば耳にします。確かに、新規提案をする、自分たちに支障を及ぼす規格上の誤りを直す、などは「参加による効果の説明」の中では、比較的説明しやすいものだとは思いますが、「今回の改定や動向の中には、自分たちが使いたい技術や道具の利用を妨げるような要因は見当たらない」という重要な判断の価値についてピンとくる方は、残念ながらあまり多くないように感じています。

 また、「そういうのは、ベンダーやJASPARなどがやってくれればいい」というお言葉も耳にしたことがありますが、「自分たちが使いたい技術や道具の利用を妨げるような要因かどうか」の判断基準をどう共有するのか、という疑問をお返しした時に、「常識で考えれば分かるはず」「勉強しなさい」「まずは一般論でいいから」のような、具体化を進めるために寄与するとはいえないようなお答えしかいただいたことがない、そこがもどかしいところです。ですから、「これはどう? あれは?」のような、数を打てば当たる式の問いかけをひたすら続けるところからスタートして糸口を探すのですが、正直なところかなりエネルギーを使いますし、仕事とはいえ、コミュニケーションコストが極端に非対称性なわけですから、決して愉快なものではありませんし、その活動を続けることに対して自分自身で疑問を抱くことも少なくありません。「この国で活動を続ける意味が果たしてあるのか?」という疑問は、少なくとも、この連載を始めるよりもだいぶ前から抱き続けています。

 開発現場には、企業活動や産業を維持するための「プラットフォームの安全保障」としての標準化活動の重要性や、プロジェクトよりも大きなスコープでのAUTOSAR運用の重要性にお気付きの方も少なからずいらっしゃいます。「自分の権限では扱えないけど、本当はこうすれば、もっと振り回されずに済むのに……」などのお声は少なくありません(でも、「権限の壁」で諦めがち)。上のお立場の方々には、標準化活動の位置付けの見直しなどをきっかけに、開発現場の方々ともぜひあらためて対話いただき、「諦め」を拾い上げていただければと思います。

 そうすることで、組織として「なぜAUTOSARを使うのだろうか?」「そのために自分たちに何が必要なのか?」という問いに対して、本音と手の内化につながる生きた答えが見えてくるのではないかと思います。さまざまなバズワードがどんどん登場してきていますが、それらを「手の内」とつなげ戦略や戦術として「使う」ためには、AUTOSARのような基盤※14)に対する「なぜ使う」「どう使う」のような答え(特に、寿命の長い、抽象度の高いもの)が欠かせないはずです。

※14)「AUTOSARでなければダメ?」:私自身は「AUTOSAR(あるいは AUTOSAR CP)そのもの」という「手段」にそれほどこだわりがあるわけではありません。むしろ、その運用で得られるべきものの方が重要だと考えています(極端なことを言えば、目的のためには、AUTOSAR以外のどんな手段でも構いません)。これまで、「導入するだけ、運用できるようになるだけでは意味がない」「再利用、自動化などで効果を出すだけでも不十分だ」「将来の規模の増大などの各種課題により押し流される/押しつぶされるのではなく、それらに対して備えコントロールできるようにすることが重要だ」と2014年ごろから申し上げてきました(図2)。もしもご要望があれば、そういった部分についてももう少し触れてまいりたいと思います。

図2 図2 AUTOSARの導入の先にある「活用」[クリックで拡大]

次回に続く

 次回からは、R21-11で導入される新規コンセプトの内容紹介に移ります。あまり間を開けずに掲載する予定です。

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