本連載では製造業DXの成否において重要な鍵を握るPLM/BOMを中心に、DXと従来型IT導入における違いや、DX時代のPLM/BOM導入はいかにあるべきかを考察していく。第3回はPLMなどITシステム導入で広まる「Fit to Standard」の考え方を解説する。
DX(デジタルトランスフォーメーション)時代を迎え、ITシステム導入の考え方自体にも変化が生じています。現在主流になっているのが、クラウドサービスを積極的に活用することで現状で不足している機能を補う、つまり「ないもの」にフォーカスするという開発方式です。
今回は、Fit to Standardという導入方法を考察し、企業の競争力を強化するPLMの在り方について提言します。Fit to Standardとは、ERP導入において業務に合わせたアドオン開発を極力行わずに、むしろ業務をERPの標準機能に合わせて変えていく、という導入方式のことです。
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最初に企業のIT戦略と競争力強化の関係について、動画コンテンツプラットフォームを展開するNetflixの例で確認しましょう。NetflixはDX戦略で急速に成長した企業として有名ですが、その要因について西山圭太氏の『DXの思考法』(文藝春秋,2021,121頁)においては「クラウドを使い倒し、足りないものはマイクロサービスで開発した」と言及されています。
すなわちNetflixは、自社サービスを早急にグローバル展開していくために、クラウドサービスを徹底的に利用し、Netflix独自の戦略やコアコンピタンスの実現手段だけを自社開発するというIT戦略を採用したのです。つまり、当時の同社に「ないもの」のみに絞ったIT開発を行い、それによって迅速な事業成長を達成したのです。
では、どのような課題がクラウドサービスによる対応に適しており、一方で、どのような領域を自社開発すべきなのでしょうか?
図表1はウォードリーマップと呼ばれるチャートで、企業が抱える課題と情報システムのポジションをマッピングして、システム領域別の「Make or Buy」を可視化します。縦軸は企業の課題を層別しており、上方ほど顧客寄り、下方ほど基盤寄りであることを示します。横軸は、情報システムに対するプロダクト、カスタマイズ、開発の分類です。
プロダクトはクラウドサービス、カスタマイズはPLMソフトウェアのようなカスタマイズを追加するシステム、開発はスクラッチ開発のシステムと考えると理解しやすいでしょう。右から左に行くほど開発規模が大きいことを示します。
最初の問いに戻りましょう。ある企業のユーザーが抱える課題が「求める商品を簡単に見つけること」だとします。その企業が競争力を強化するには、ユーザーのニーズに十分に応えられる商品検索サービスを開発しなければなりません。この際、サービスにおいて重要な差別化要素となるのは、「ユーザーの細かいリクエストに応えられるか」という点です。こうしたシステムを既存のクラウドサービスを用いて開発するのは難しいでしょう。自社開発すべき箇所です。
他方、商品情報を管理するデータベースなどで、他社との差別化を図るのは難しそうです。こうした部分にはクラウドサービスを利用していきます。これらをウォードリーマップ上にプロットすると、自社が歩むべきMake or Buy戦略が明らかになってきます。
一方、Fit to Standardは、導入するITシステムの標準機能に合わせて業務を変えることで、導入コストや期間を大幅に圧縮することを目的としています。また、ベストプラクティスの導入もねらっています。現在、ERPパッケージの導入方法としてFit to Standardが採用されるケースが増加していますが、同様にPLMパッケージの導入においても標準機能に合わせて業務を変える方式が広まりつつあります。
図表2は図面の承認プロセスに適用する電子化サービスに関して、Fit to Standardの観点で考察するためのGAP分析(ギャップ分析)の例です。
現状業務では、図面に押印することで承認を記録する承認ワークフローを取っています。これに対して、電子的に承認証跡を記録する標準機能を用いることが提案されていますが、これがGAPです。このGAPが企業の製品や事業特性、QMS(品質マネジメントシステム)などに関係しているかを判断し、電子化サービスの標準機能のみで十分か、それとも独自の業務支援機能をカスタマイズ開発する必要があるかを考察していきます。この構図自体は、先述のウォードリーマップにも登場した、「クラウドか自社開発か」という考え方に似ていますね。
PLMを用いて企業の競争力を強化するのであれば、自社の競争力に直結する部分についてはカスタマイズも辞さず、固有プロセスを保持するという考え方が大事です。
従来のPLM導入では、自社の強みや弱みを意識せずに、カスタマイズを実装した事例が多かったのではないでしょうか。しかし、IT導入方法の潮流を考えると、今後は、Fit to Standard型の導入方式に移行することが予想されます。
ただし、安直にクラウド化を採用したり、標準機能に業務を合わせたりすることを良しとしているわけではありません。PLMシステムは、製品、技術情報や開発プロセスを管理するので、競争力と関わりが深くなりやすいものです。このため、開発プロセスのどの部分が企業の競争力に関係するかを分析、判断することが、より大切になっていくことでしょう。
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三河 進
株式会社グローバルものづくり研究所 代表取締役
大阪大学基礎工学部卒業。
大手精密機械製造業において機械系エンジニアとして従事後、外資系コンサルティングファーム、大手SI会社のコンサルティング事業を経て、現職に至る。
専門分野は、製品開発プロセス改革(3D設計、PLM、BOM、モジュラー設計、開発プロジェクトマネジメントなど)、サプライチェーン改革、情報戦略策定、超大型SIのプロジェクトマネジメントの領域にある。また、インターナショナルプロジェクトにも複数従事経験があり、海外拠点のプロセス調査や方針整合などの実績もある。
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