とはいえ、日本の製造業のサプライチェーンにおける情報のやりとりで最も広く用いられているITシステムが何かと言えばExcelなどの表計算ソフトになる。ツールそのものが安価であること、データの入力項目や見せ方、自動計算機能なども含めたカスタマイズの容易さ、多くのシステムで利用可能なファイル形式など、データを入力し管理する側にとってメリットが大きい。
しかし、そのカスタマイズ性があだとなってしまい、その現場以外でそれらの入力データを活用することが難しくなっていることも事実だ。今回のCOVID-19のような事態が起きたときには、経営者がサプライチェーンについて早急に把握して部品の調達先を変更するなどの判断を行うためのエビデンスとして活用できないだけでなく、サプライチェーンの調達先や納入先、部品や製品を運ぶ物流企業などと連携し対応も行えなくなる。
また、これら現場の“Excel職人”のほとんどが熟練技術者であり、そこに情報が集中していることも今後の事業運営で大きな問題を引き起こす可能性がある。「何百万何千万とあるデータ項目を管理する現場のExcel職人によってサプライチェーンが成り立っているが、そういった熟練技術者が引退する時期も迫っている。そこで、デジタル技術によってデータの共通化を図って誰でもサプライチェーンを管理できるようにしなければ、サプライチェーンにDXは起こせない」(キナクシス・ジャパン 社長の金子敏也氏)。
製造業の経営者は、今回のCOVID-19を契機に、ERPなどの基幹系システムだけにとどまらずSCMについてもDXを推進することを検討すべきだろう。“守りのIT”の代表として挙げられるERPとは異なり、SCMは調達の最適化によってコストを削減するだけでなく、販売機会を失わずに売上高を高める効果もあり“攻めのIT”として活用できるのがポイントになる。
ただし、SCMのDXについては部分的な導入から始めて、そこで得られた成果を基に導入範囲を広げていく形が最適だろう。SCMの領域は、戦略、計画、実行の他に、調達、生産、物流、販売などにも広がっている。まずは、しっかりと成果が得られそうな領域で導入し、ROI(投資対効果)の数字でもしっかりと成果を出してから縦横に広げていけば、企業内や提携先の納得感も高められるだろう。「ただし、SCMのDXをどのように広げていくかという設計図を持たずに、やりやすい領域でPoC(概念実証)を始めるといったような取り組みは最終的にうまくいかない。経営側が全体像をしっかり把握してコミットすることが重要だ」(クニエの宍戸徹哉氏、笹川亮平氏)という。
また、先に挙げたExcelそのものを“諸悪の根源”として捉えるのも良策ではない可能性が高い。現場の担当者がExcelを使っているのは便利なツールだからであり、新たなITシステムが同等の便利さを有しているとは限らない。
SCMの事例ではないないものの、協和キリンの高崎工場が進めている各種データ入力作業の簡易化や自動化の取り組みでは、これまでも利用してきたExcelの利用を止めるのではなく「Excel内でできることはExcelでやる」というコンセプトを採用し、いったんExcelの関数で別シートに構造化しておいてから、AWSベースのデータハブのETL(Extract/Transform/Load)と連携する手法を採用して成果を得ている。
2021年に入ってからCOVID-19の感染再拡大が始まり、サプライチェーンにどのような影響が表れるか、まだ予断を許さない状況になりつつある。さらに、米中摩擦を含めて国際情勢も流動的であり、“不確実性の時代”は今後も続く。2021年は、製造業がそういった状況に対応するための「しなやかなサプライチェーン」の構築に向けた端緒になるではないだろうか。
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