産業技術総合研究所は、脳内の処理時間や処理経路の異なる感覚情報がどのように統合されて主観的な現在が構築されるのか、その仕組みの一端を明らかにした。
産業技術総合研究所(産総研)は2019年3月7日、脳内の処理時間や処理経路の異なる感覚情報がどのように統合されて主観的な現在が構築されるのか、その仕組みの一端を明らかにしたと発表した。産総研人間情報研究部門 主任研究員の林隆介氏らが、東京大学ともに行った。
フラッシュラグ効果は錯覚の1つで、ある出来事と同時に見えたと思った映像が、実際には異なる時刻の映像だというもの。動いている物体が、フラッシュの出現よりも時間的に先に進んだ位置に知覚される。時間変化する色など視覚内容に対しても生じ、クリック音を一瞬鳴らす場合でも聴覚にフラッシュラグ効果が生じる。しかし、脳内の処理段階が大きく異なる視覚情報を使った比較や、視覚と聴覚という異なる感覚情報を統合する際の差異などは検討されてこなかった。
今回、同研究グループは、心理学的逆相関法という手法を用いて、どの時刻の映像が、フラッシュ光やクリック音の出現と同時だと判断されるのかを計測した。
実験参加者は、100ミリ秒置きに画像がランダムに替わる約2000ミリ秒の映像を観察し、途中で突然出現するフラッシュ光やクリック音と同時に見えたと思う映像の内容を回答。観察したのは、(1)棒の傾きが左右に変化する映像(2)顔の向きが左右に変化する映像(3)顔が人物Aから人物Bの間でモーフィング操作によって変化する映像の3種類。各種類につき合計400回、フラッシュ光やクリック音のタイミング、表示される画像を毎回変えた映像を観察し、課題を繰り返し行った。
その結果、フラッシュ光と同時に見えたと思った映像の実際の時刻と、フラッシュ光の時刻とのずれは、映像の種類によって大きく異なった。(1)では、フラッシュ光の出現よりも後の時刻(42.9ミリ秒後)の映像が同時と判断されていたが、(2)では、フラッシュ光の出現とほぼ同時刻(13.5ミリ秒前)、(3)では、フラッシュ光の出現よりも前の時刻(83.3ミリ秒前)の映像が同時と判断されていた。一方、クリック音に対しては、いずれもクリック音よりも後の時刻が同時と判断された。
棒の傾きといった単純な視覚情報は大脳皮質の低次な視覚野で早い段階から処理が始まるのに対し、顔の識別に関わる複雑な情報は高次な視覚野で遅い段階になってから処理されることが知られている。そのため、視覚と視覚のように同一感覚内では、映像の種類が違うと意識に上るまでに必要な処理時間に差ができ、異なる時刻の映像が同時と判断されると考えられる。
一方、視覚情報と聴覚情報は脳内の異なる経路を通って別々に処理され、互いの情報を直接統合できないため、クリック音に気づいた時刻に画面に表示されていた映像が同時と判断されると考えられる。この研究は、このような同時と感じる仕組みの違いを初めて実験により明らかにしたものだ。
本研究は、ヒューマンエラーによる事故やトラブルを防ぐための、社会デザインやインタフェース技術の開発につながることが期待される。今後は、脳機能活動を直接計測して、脳内の視覚情報処理の時間変化を詳細に調べ、知覚内容が意識に上る仕組みを解明するとしている。
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