TPP11協定に伴って実施された法改正の注目点は2つある。1つは、特許権存続期間の延長制度の新設である。これまで特許権の存続期間は基本的に「出願から20年間」だったが、審査の遅延などにより特許権の設定登録からの期間が20年よりも大幅に短くなる場合があった。
その典型例が医薬品であり、特許の審査だけでなく、厚生労働省からの認可が下りるのにも時間がかかることが知られている。このため、かなりの研究開発投資とつぎ込んだ医薬品の特許権の存続期間が大幅に短くなってしまう。従来法では、医薬品に限定して、特許権の存続期間の延長を認めていた。
今回の法改正では、特許権の存続期間の延長を医薬分野以外でも認める内容になっている。出願から5年、もしくは審査請求から3年を起点として、特許権の設定登録までかかった期間について、出願から20年間に追加して延長できる内容になっている。TPP11協定の加盟国でも、これと同様の法改正が実施されている。
ただし日本の特許庁における特許権利化にかかる期間(標準審査期間)は、2017年度で14.1カ月となっている。「日本、米国、欧州、中国、韓国の五大特許庁で見ても、2〜3年かかるのが一般的。日本は比較的短期間といっていいだろう」(松田氏)。これらの数字から見ても、先進国では存続期間の延長が必要になる事態はあまり多くはないとみられる。
一方、東南アジア諸国の場合、特許の標準審査期間が4年を超えており、タイに至っては10年前後という数字も出ている。そうなると特許権の存続期間が浸食されるため、TPP11協定発効による法改正は日本企業にとって有意義になる可能性が高い。
もう1つの注目点は、商標の不正使用に対する法定損害賠償制度の導入である。日本国内における法定損害賠償制度では、不法行為に基づく損害額は、実際に被った損害を基に算定する実損主義を採用してきた。TPP11協定では、商標の不正使用という侵害行為に対して、法廷侵害賠償制度または追加的損害賠償制度を設けることを求めている。なお、ここで言う「商標の不正使用」とは、同一の商標権の侵害であり、「商標が似ているなどの事例は対象にならない」(松田氏)。
TPP協定の法改正が国会などで議論された際には、商標権や著作権の侵害に対して、米国の民事裁判のように懲罰的な損害賠償金額を求めることができる追加的損害賠償制度が導入されるのでは、という意見もあった。TPP11協定の条文では「法廷侵害賠償制度または追加的損害賠償制度を設ける」となっており、どちらかを導入すれば協定に準拠したことになる。このため日本では、従来通りの実損主義に基づく法廷侵害賠償制度を維持することになった。
法改正となったのは商標法で、商標の不正使用があった場合に、商標権者は商標権の取得維持費用相当額の賠償を求めることができる、という新たな規定が加えられた。
この新設規定から算定される賠償金額はあまり大きなものにならない。特許の出願料や登録料が基準になるためだ。しかし重要なのは、これまでかなりの時間を要していた損害額の確定を短期間で行える点にある。松田氏は「商標権侵害の訴訟で最も時間がかかるのが損害額の算定だ。私自身の経験では、損害額の算定だけで1年かかることもあった。しかし、商標権侵害の訴訟を行う上で早急に行わなければならないのは、損害賠償ではなく侵害行為の差し止めだ。特段の立証負担なく一定の損害額を算出できれば、より早急な差し止めが可能になる」と述べる。
また、TPP11協定に加盟する国でも、権利侵害があった場合の立証負担の軽減を図る制度が導入されることが期待できるとしている。
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