まずタイ国軍がどういうものか説明しましょう。日本やアメリカでは、軍隊は政府の統治下にあります。自衛隊の最高指揮官は内閣総理大臣であり、アメリカ軍は合衆国大統領です。一方、タイ国軍の最高指揮官は国王です。また、国王の諮問機関として「枢密院」という組織があり、議長を勤めるプレム氏(第22代首相、元陸軍最高司令官)が最高実力者といわれています。つまり、一般的な文民統制(シビリアンコントロール)が当てはまらないのがタイ国軍といえます。
タイは1932年に立憲君主制に移行して以来、現在のプラユットまで29人の首相が選任されています。その内18人が軍人です。クーデター直後の短期間だけ首相の座に就いたケースもありますが、1980年代〜1990年代前半は15年以上にわたり軍人が首相に就いていました。
こうした過去の経緯からタイ国軍には政治の統治能力が備わっています。ここが他国の軍隊との大きな違いでしょう。現に、2014年5月のクーデターで誕生したプラユット政権は、インラック政権時代の失政のリカバリーを速やかに行い、政治的停滞を解消しました。日系をはじめとする外国企業にとっては、半年以上滞っていたBOI(タイ投資委員会)の大型案件審議が優先的に再開されたのは朗報でした。
一般的にいえば、軍隊が起こす政変はクーデターなのですが、タイ人の感覚は少し異なります。クーデターは政治的な硬直を解消する最後の手段といったところでしょうか。ですから、タイ国軍を、与党、野党に続く第3の政党と考えれば、タイで起きているこの不思議な現象を少しは理解できるのではないでしょうか。
話が少し横道にそれますが、バンコクにはJ-Channelという日本語のFM放送があります。バンコク市内で渋滞にはまった時、無駄にイライラせず、カーラジオでJ-Channelを聞くのが正しい車内の過ごし方です。ところが、クーデター以降、タイ国軍によりラジオ放送が規制され、渋滞の車中できくことができません。この規制だけは早期に解除してもらいたいものです。
閑話休題。現在の軍政から民政への移管は、2年後になると予測されています。この2年間で、取り組まなければならない課題は山積みといえます。
過去何十年にもわたる矛盾が起因している根の深い多くの問題点を、いくら絶対権力を持つ軍事政権とはいえ、短期間に解決するのはかなり困難な作業といえます。しかし、後進国から先進国への途上にあるこの国にとっては、過去のしがらみを断ち切り、「新しい国」をデザインし直す大きなチャンスともいえます。民政に移管されるまでに、この国のどこが変わり、どこが変わらないのかを、しっかり注視・認識していくことが、タイで活動を続ける製造業にとっても重要になるでしょう。
次回のコラムから数回にわたって「変わる中国のいま」を解説します。日本の主要メディアでは「タイプラスワン」や「ASEAN経済共同体」など東南アジア寄りの報道が多く見られます。しかし、現実に東南アジアと中国は地続きであり、AEC発足でよって6億人市場になったとしても、ASEANと14億の人口を抱える中国は相互に強い結び付きを持っています。このコラムの主題であるASEANの将来を予測するためにも、あらためて中国の今と未来を考察してみたいと思います。お楽しみに。
独立系中堅・中小企業の海外展開が進んでいます。「海外生産」コーナーでは、東アジア、ASEANを中心に、市場動向や商習慣、政治、風習などを、現地レポートで紹介しています。併せてご覧ください。
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