キッコーマンの米国進出(1973年)、スズキのインド進出(1983年)のように、新たな国へ早期進出を決断できる経営者は少ない。アジア諸国に殺到する企業の経営者は多くが“横並び思考”だ。最近は、ベトナムからミャンマーに関心が移り、次はバングラデシュが注目を集めているようだ。ただ、結局遅い判断で進出しても、すぐ人材の奪い合いになり、後になればなるほどビジネスリスクは高まる。経済メディアが騒ぎ出してから進出するようでは既に遅いのだ。先見の明のある、とある縫製企業では、中国の人件費高騰を見越して2002年にミャンマー、2004年にバングラデシュに工場を建設しており「注目を浴びる前に可能性を判断して動く」ということが重要だ。
ちなみに、バングラデシュは現在、中国に次ぐ世界第2位のアパレル輸出国となっている。有名ブランド、ファストファッション、スポーツ用品メーカーの一大生産拠点になっている。ただ、バングラデシュのアパレル製品は欧米向けが8割を超え、対日輸出は数%という状況だ。世界の企業がどう動くかを見ていれば分かることで、日本企業が知らないだけという状況なのだ。
このように変化の激しい中で、では次に可能性のある国はどこになるのだろうか。もし私が経営者で「どの国に進出すべきか」と聞かれたとしたら、迷わず「パキスタンに出る」と答えるだろう。
かつて日本は、綿花生産量が世界第4位だったパキスタンから大量に綿花を輸入していた時代があった。その後も日本は繊維機械やミシン輸出でパキスタンの繊維産業の発展を支えてきた。また1958年にバイクをパキスタンに輸出し始めたスズキは、今なお自動車シェア55%を堅持しているという。さらに新車販売の95%を日系企業が占める。この数字は、日本国内よりも高いというから驚きだ。
爆弾テロばかりがニュースになるが、実は、人口1億8000万人を抱える隠れた親日大国なのだ。しかも、管理・技術者が優秀、勤勉で離職率が低い。さらに中国や韓国勢の影が薄く、公用語は英語。日本企業にとっては、とても居心地がよい環境だといえる。その上、高速道路網が完備し、中近東市場を狙う企業にとって絶好の位置にある。同国が豊かになれば、テロも減少させることにつながり、隣国アフガニスタンにも好影響を与える。労働組合が強力なインドと比べても製造業の運営が行いやすい環境であるといえる。
こうしたアジア諸国の実態を日本人および日本企業も知らない場合が多い。しかし、中小企業にとって海外進出の失敗は命取りになりかねない。極めて慎重な準備が必要となる。ただ、入手可能な情報の量には限界があり、現地調査団に参加しても多面的な実情は把握できない。前回の「生産の海外展開に成功するカギ――工場立地を成功させる20の基準とは?」でも触れたが、「海外進出成功率68%」は低すぎる数字だ。Webサイトなどを活用することで海外情報プラットフォームを整備する必要性が高まっている。また、進出企業の国内事業所見学会も定期的に実施していくべきだ。ASEAN諸国では、国境を越えて日本企業が助け合わなければ、華僑ネットワークや中国企業の資金力に圧倒されてしまうだろう。
(次回へ続く)
1969年、東京理科大学理学部卒業。日揮にて石油・化学・天然ガスプラントの建設・保全プロジェクトに従事。1988年、独立コンサルタントに転進。1991〜2001年までニューヨークを拠点に北米各地で現地企業を支援。1995年よりAPO・JICA専門家としてアジア・オセアニア諸国の現地企業・政府機関を指導している。
1982年、東京大学大学院工学系研究科修了。日揮にて国内外の製造業向けに工場計画・設計とプロジェクト・マネジメントに従事。特に計画・スケジューリング技術とプロジェクト評価を専門とする。工学博士、中小企業診断士、PMP。1985〜1986年、米国東西センター客員研究員。東京大学・法政大学講師。スケジューリング学会「プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」主査、NPO法人「ものづくりAPS推進機構」理事。
独立系中堅・中小企業の海外展開が進んでいます。「海外生産」コーナーでは、東アジア、ASEANを中心に、市場動向や商習慣、政治、風習などを、現地レポートで紹介しています。併せてご覧ください。
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