少子高齢化および人口減少が進む国内市場に頼っていては、製造業に未来はない。海外進出が必須であることは多くの製造業にとって共通だ。ただ海外進出の動機、目的は企業の状況によって異なる。海外進出の目的は、次のグループに大別できる。
進出国で生産、販売するビジネスモデル。販売・サービス網の構築はコストや時間がかかり、中小企業にとっては挑戦しにくいモデルだといえる。新興国の場合、マクドナルドやコカコーラなど飲料系やファストフード系が一番乗りする場合が多い。高関税回避や輸送コスト削減などを考慮した、オートバイ製造や自動車組み立て産業などが進出するケースも目立つ。
人件費が安い新興国で作った製品を第三国に輸出するというビジネスモデルだ。典型例が、縫製、電子機器受託生産(EMS)のような労働集約産業となる。受け入れ国にとって工業化の起爆剤になるが、人件費が上昇すればすぐ逃げていく産業だといえる。企業側、受け入れ国側それぞれにとって、いつまでも安定的な関係が望めるとは思わない方がうまくいくビジネスモデルである。
海外に移転する納入先について行かないと仕事がなくなる部品サプライヤーが仕方なく進出するというやや後ろ向きな進出だ。ただ、タイのように産業集積化が進むと、進出することで、納入先が拡大する可能性も高い。金型製作、メッキ加工、試作業者も後を追い、順調に成長が進むと産業クラスタ形成につながる。
海外進出ありきでビジネスを考え、リスクを軽視し、取れるかどうか分からない市場と利益を見て進出するケースだ。製造業はそれほど多くはないが、飲食や流通小売業などの進出に多い。
製造業の海外進出はほとんど2.か3.に属する場合が多い。2.は人件費の動向、外資規制、電力、物流を慎重に検討して進出国を選定する必要がある。また、3.は顧客の近くに工場を作る必要性がある。これらの基本的な設置場所を決めた後、単独出資にするのか、または合弁会社を作るのかを決めなければならない。合弁なら出資比率を決め、単独出資の場合は、人事や総務業務を行う日本語ができる管理者が必要になる。その場合は、事業の成否を分ける最重要人物になるといえるだろう。採用、解雇、従業員との対話、政府の許認可の手続きなど、「番頭」的役割を担う将来の社長候補となる人材で、現地で見つけるのは容易でない。日常的に国内工場で研修生や留学生インターンを受け入れる取り組みなどを行っておけばこうした人材獲得がやりやすくなる。
また、製造や人事、資金繰りまで、会社運営全体を見渡せる製造業の人材は、中小企業の社長くらいだ。少し組織が大きくなると、分業の弊害で視野が狭まる。工場立ち上げを指揮する現地法人の社長は、この“中小企業の感覚”が求められる。海外工場を経験し、その苦労を熟知した人を選ぶ必要がある。
労働集約産業を基軸に工業化が急速に進む新興国では、より良い条件を求めて転職を繰り返すジョブホッピングが常態化する。日本企業が得意とする「従業員を鍛えて生産性を上げる」という作戦が通用しない。中国などでは、せっかく育てたベテランが現地企業に高給で引き抜かれてしまう。人材育成に掛かるコストと時間を考えれば、安い買い物だという認識なのだ。タイでは、作業者より管理・技術者の転職が深刻になっている。
転職を食い止めるには、日本的な総合的人材育成から米国的な労務管理方式の人事に切り替えていく必要がある。職務記述書を発行し、昇給・昇進基準を明確にすることで、将来展望を持たせ、向上心を刺激する。現場作業者は、トヨタの4段階技能評価を取り入れてもよいだろう。シフトを小集団に分け、改善を競わせるのも効果がある。要するに、単調な繰り返し作業にメリハリを付け、日常業務の中で技能を高めるのだ。もちろん、中小企業特有の家族経営も大事だ。誕生祝いを手渡したり、定期的に食事会を催すなど、従業員の帰属意識を高めることも効果を発揮する。採用に時間やコストをかけるよりはるかに安くて済み、従業員のモラルや生産性も上がる。
外国企業が殺到するASEAN諸国は人件費が高騰している(図2)。労働力需給が逼迫し、労働者側は強気。争議が増えた。政治家も最低賃金引き上げで人気取りをする。賃金動向は予測が難しい。アパレルのような労働集約産業は簡単に逃げ出せるが、設備を抱える製造業は容易に動けない。生産性向上に欠かせない従業員定着に最大の努力をする。
海外進出の最低条件は、国内生産拠点を必ず維持することだ。さもないと、製品開発、生産技術力が必ず劣化する。海外には、国内で改善し尽くした生産設備など「枯れた技術」の移設が望ましい。使ったことがない最新設備を持って行くと、運転や保全で日本以上に苦労する。国内工場は現地採用の幹部候補生訓練の場としても必要不可欠である。
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