日本からは中国やASEANなど低コスト国への工場の流出が続いているが、同じ高コストの先進国である米国では工場を米国内に戻す動きが増えているという。早くに製造業の空洞化が指摘された米国で何が起きているのか。JETRO海外調査部北米課に聞いた。
製造業の日本国内への投資は抑制傾向が続いている。以前の“六重苦”とされた時期から比べると、円高の是正が進んだ点や安倍晋三政権による経済政策“アベノミクス”により改善の兆しが見えつつあるものの、引き続き慎重な姿勢は変わっていない(関連記事:アベノミクス効果顕在化も、製造業は投資抑制傾向続く――2013年4〜6月期)。
製造業各社が日本への再投資を阻む要因として挙げているのが、人件費やインフラコストが高い点、人口減少により最終消費地としての魅力が下がっている点、などだ。しかしその分析は本当に正しいのだろうか。日本と同様、高コストの先進国である米国では、製造業の国内回帰が進んでいるという。
米国への製造業回帰の流れは今後も本格的に進んでいくのか。また日本にも同様の条件が当てはまるのか。日本貿易振興機構(JETRO)海外調査部 北米課の吉田薫氏に聞いた。
『日本国内で生産する価値』を訴える関連記事: | |
---|---|
⇒ | 進撃の国産EMS、沖電気が描く日本型モノづくりの逆襲 |
⇒ | 「レッツノート工房」に見るパナソニックの強さ――同質化競争を逆手に取れ |
⇒ | “みんなここにいる”の強さ――長野発「ソニーのVAIO」が尖り続ける理由とは |
⇒ | ソニーの“プロ機”が日本人にしか作れない理 |
⇒ | CEATEC JAPAN「工場誘致」に見る自治体の葛藤 |
米国への製造業回帰の動きが増えてきている。ゼネラル・エレクトリック(GE)は2012年2月にケンタッキー州ルイビルに新型温水器の製造工場を開設。以前は中国で行っていた生産を移管した。またフォードは2015年までに国内で時間工1万2000人以上を雇うことを新たな労働協定で妥結しており、中国やメキシコなどから米国への生産移管を行う。既に2011年12月にはメキシコから中型トラックの製造ラインをオハイオ州の工場に移した。
またキャタピラーは2011年11月に小型建機、大型ショベルの製造ラインを日本からテキサス州の工場に移したという。その他アップルも、2012年末のインタビューでCEOのティム・クック(Timothy Cook)氏が「一部の製品を米国で生産する」と宣言するなど、米国回帰の動きは活発化している。
「同様の動きは大手企業に限った話ではない」と吉田氏は指摘する。「ボウルなど調理器具を生産するあるベンチャー企業は、3Dプリンタなどモノづくりの工夫を行うことで米国生産でも採算を実現するコスト体質を実現。従来中国で生産していたのを米国に移したという。業種や業態、規模などに関係なく、ビジネスモデルに適合さえすれば、米国で生産を行う動きは高まっている」と吉田氏は話す。
米国への製造業回帰の動きが本格化し始めたのは2009年、2010年頃からだといわれている。当初はリーマンショックによる景気後退に対し「国内に工場を戻すことで雇用を生み出し、企業イメージを向上させる」というような、マーケティング的な要素の動きが多かったが、その動きが本格化し始めたのには“4つの波”の影響があるという。
1つ目が新興国で高まるコストとリスクという点だ。従来は米国や日本を含む先進国の製造業は、低コストの労働力を求めて、中国やASEAN、中米などに製造拠点を移してきた。しかし、実際に移管して生産を開始すると総合的なコストを見た場合には、期待したほどのコスト削減効果が得られないという状況が多く発生している。
労働賃金が低い地域でも、生産を続けると周辺地域の経済が発展し、賃金上昇が発生する。実際に中国では毎年15〜20%の賃金上昇が起こっており、労働争議も増えている。既に大幅な賃金上昇が続く沿岸部では生産面でのコストメリットはほとんどなくなってきたとされており、コスト面でのメリットを得るには内陸への進出が必須になっている。
その一方で、品質面やセキュリティ面でのリスクが高く、これらの維持や保護のためには米国人の派遣や研修、各種設備の投資などが必要になる。これらの総合的に見た場合、米国で生産した場合の方がコストが安くなる場合さえ出てきているという。吉田氏は「実際に米国で生産することでコストが下がったという話も聞いた。人件費上昇、物流コスト、知財問題やその保護コストなどを総合的に判断するとトータルコストが下がる可能性もある。米国で売る場合、市場に近くリードタイムを削減できるメリットなども享受できる」とメリットを語っている。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.