法律・知財の専門家が製造業のグローバルサプライチェーンに潜む課題と対策について解説する本連載。第4回では、通商政策面でサプライチェーン上の知財侵害が日本の経済にどういう影響を及ぼすのかを解説します。
サプライチェーンのグローバル化に伴う、法規制・知財面でのリスクを紹介する本連載。第3回「サプライチェーン上の「違法なIT」の問題にどうやって立ち向かえばいいのか」では、サプライチェーンの「違法なIT」問題に対し、企業はどういう対応をすべきか、またどういうIT戦略を構築すべきかということを解説しました。
第4回となる今回は、新興国や発展途上国に展開した製造企業における知財侵害が、日本の経済や企業にどういう影響を与えるのか、また日本政府がどういう対応を取るべきかを、一橋大学 国際企業戦略研究科教授の相澤英孝氏が解説します。
現在の経済はグローバル経済だといわれています。その特徴の1つは、生産拠点の国際的な拡散や、世界中に張り巡らされた蜘蛛の糸のような販売網です。この特徴が、先進国の経済の基礎となっている“付加価値”を保護する知的財産法に大きな影響を与えています。
19世紀末から発展してきた知的財産法は、19世紀のモノの流通を背景とし、「国別の権利」という法的構造となっています。この構造が今、生産拠点となっている国々、流通の中継地、新たな市場となっている新興国など、それぞれの国での知的財産権の保護を求めなければならないという問題を生じさせています。
新興国や発展途上国は知的財産権を保護することにより、先進国への支払が発生するため、知的財産権の保護に消極的です。WTO(世界貿易機関)のTRIPS協定(知的所有権の貿易関連の側面に関する協定)は、知的財産権の最低限の保護の基準を定め、その履行を加盟国に求めていますが、WTOの成立後、この水準を引き上げるための交渉は進んではいません。また、新興国や発展途上国は、TRIPS協定の保護水準の切り下げをWTOの交渉の枠組みの中で追及するばかりでなく、中継地における知的財産権の権利行使を非難し、他の条約でも特許権の保護切り下げを要求するなど知的財産権の保護に反対しています。
さらに、新興国や発展途上国において知的財産権を保護する規定があったとしても、これらの国での権利を実現するにはさまざまな困難があります。例えば、「知的財産法の規定は存在しても、現実には権利行使をすることが困難である」「先進国企業に対するライセンス契約に対する規制によりライセンス料の支払いを制限する」「先進国企業の有する特許権に対して強制実施権を設定し、低廉なライセンス料しか支払わない」場合などがあります。
この問題への対策として、WTOやTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)などの多国間交渉、FTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)などの2国間交渉による、知的財産権保護水準の引き上げや紛争解決手続の整備などの国際的規範の整備が挙げられます。この対策には、交渉の他、WTOの紛争解決手続の利用という政府の取り組み、民間企業による「投資保護協定に基づく紛争解決手続の利用」などの紛争解決手続という手段もあります。
このような国際的な取り組みがなされていますが、必ずしも円滑に進んでいるとはいえません。そこで、先進国や先進国への中継地で、知的財産侵害製品の流通を阻止するための国内措置として「水際措置」の重要性が高まっています。
海外からの特許権侵害品(生産方法の特許権によって生産された製品を含む)の輸入は、特許権の侵害とされ(特許法68条及び2条3項)、商標権侵害品の輸入も商標権の侵害とされています(商標法25条及び3条1号2号)。また、著作権を侵害する複製物の輸入は著作権の侵害と見なされています(著作権法113条1項1号)。周知商品等表示や著名商品等表示を使用した商品の輸入も不正競争とされています(不正競争防止法2条1項1号2号)。
そして、特許権侵害品、商標権侵害品(不正商品)、著作権を侵害する複製物(海賊品)の輸入は禁止されます(関税法69条の11第1項9号)。不正競争防止法の周知商品等表示や著名商品等表示を使用した不正商品の輸入も禁止されます(関税法69条の11第1項10号)。ただし、海外において営業秘密を使用した不正競争によって生産された製品の輸入は、輸入禁止の対象に含まれていません。
国外の知的財産権侵害品の製造者などから国内の日本の販売業者や製造企業などの事業者が輸入する場合(B2B)の場合、その輸入は知的財産権を侵害するものとして関税法による輸入禁止の対象となり、税関において輸入が阻止されます。
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