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» 2011年03月09日 11時00分 公開

自動車の騒音もトンボの羽ばたきもCAEが解く踊る解析最前線(7)(3/3 ページ)

[吉村哲樹,MONOist]
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次世代スパコンを使った車内騒音解析プロジェクト

 飯田氏らが次世代スパコンを使って解析しようと試みているのが、自動車の車内騒音のシミュレーションだ。これまで、自動車開発における空力騒音の解析というと、本稿でも紹介してきたとおり、自動車の外部で発生する騒音が主たる対象だった。しかし、自動車という商品にとっては、車内空間の快適さも重要な要因のの1つだ。よって、自動車メーカーは各社とも、実際の車体を使った実験を繰り返すことにより、車内騒音の低減に取り組んでいる。しかしこの領域に関しては、いまだに有効なシミュレーション手段が存在しないのだという。

 「車外の空気の流れや音は計算できるものの、その流れが車体をどう振動させ、その結果車内にどう音として入ってくるかを計算しようとすると、車体全体の作りがかかわってくる。そのため、車内騒音を事前にシミュレーションで予測するのは非常に難しい」(飯田氏)。

 車体全体の振動と音を解析するとなると、窓の取り付け状態や鉄板の溶接の状態など、非常に多くの因子が存在するため、条件の設定が極めて複雑になり、解析データの量も膨大になる。そのため、現存するシミュレーション環境では予測しきれないのだ。これを、次世代スパコンの強力な演算能力を使って可能にしようというのが、現在飯田氏らが行っている取り組みだ。

 予定では、5年間をかけて自動車全体の車内騒音の予測が可能になるような技術を開発することを目標にしているという。現在はその準備段階として、自動車の一部分を模したシンプルなモデルを対象に、基礎的な解析技術の研究に取り組んでいる。将来、この技術が実用化されれば、極めて快適な乗り心地の自動車が世に出るとともに、自動車開発に要する期間やコストの大幅削減が実現できるものと期待されている。

 「現在のスパコンの能力は、10年後には恐らく企業の設計現場のコンピュータ環境でも実現できるだろう」(飯田氏)。

解析やシミュレーションで陥りがちな罠(わな)とは

 今後、前項で紹介したような高度なシミュレーション技術が発展していけば、将来的にはいわゆる「試作レス」といわれる製品開発手法が実現すると多くの解析ソフトウェアベンダがうたっている。しかし飯田氏は、「実物を使った実験も非常に重要だ」と力説する。

 「シミュレーションも多く活用してはいるが、私はもともと実験をずっとやってきた人間。シミュレーションの計算技術は年々進歩しているものの、これは裏を返せば、計算結果を検証するためにますます実験をきちんとやらなくてはいけなくなってきているということだ」(飯田氏)。

 また同氏は、シミュレーションには原理的に大きな落とし穴があることも指摘する。

 「これは学生によく話すことだが、もし核分裂のことを知らない人間が計算プログラムを作ったとすると、そのプログラムの中では絶対に核分裂は発生しない。つまり、プログラムの中に組み込まれていないことは、シミュレーションでは永遠に発生しないまま計算が終わってしまう」(飯田氏)。

 CAEソフトウェアにおいても同様だ。CAEのシミュレーションを行う場合、境界条件を入力するのはあくまでも人間だ。従って、もしその条件が誤っていたとすると、シミュレーションの結果も間違ったものとなってしまう。従って、プログラムに正しい条件を与えることが極めて重要になってくる。しかし、もともと事前に正しい条件が分かっているぐらいなら、そもそもシミュレーションを行う必要はないのではないか……。「シミュレーションは、こうしたちょっとした矛盾を常にはらんでいる」と飯田氏は指摘する。

 また、もう1つの問題点として、シミュレーションで予想外の計算結果が出た場合の対処がある。

 「もしシミュレーションでまったく想定外の計算結果が出た場合、われわれはどうしても『これは間違っているに違いない』と考えてしまう。一方実験では、われわれが予想もしなかったような現象が目の前で勝手に起こって、それが新たな発見につながることがある。従って、シミュレーションで新現象を発見するには、現象に対する深い洞察力が必要であると感じている」(飯田氏)。

 しかし一方で、実験によって得られる発見だけでは、その現象が発生した理由までは分からない。そこで、それを解明するためにCAEによる解析やシミュレーションが効果を発揮するというわけだ。このように、実験と解析が互いに補完し合うような使い分けをすることが大事だと飯田氏は説く。

空力技術で「トンボ型飛行機」の研究も

 ちなみに飯田氏の現在の研究対象は、自動車の空力騒音以外にも実に多岐に渡っている。例えば、「熱駆動熱音響冷凍機」もその1つだ。これは熱音響エンジンの原理を応用し、音を使って温度差を発生させることによって冷却装置を実現しようという研究だ。この装置は基本的にパイプだけでできており、駆動部分がないため、故障する確率が極めて少ない。また、熱エネルギーを極めて高い効率で変換でき、理論上はマイナス50度ぐらいまで冷やすことができるという。

 「砂漠や宇宙空間など、メンテナンスの手が届かず、かつ熱エネルギーは豊富にあるような場所での運用を想定している。また、自動車のエンジンの排管などに取り付けて、エンジンが放出するエネルギーの一部を回収するような用途も考えられる。こうした音を使った省エネルギー技術の研究にも取り組んでいるが、現在はまだまだ基礎研究の段階」(飯田氏)。

 また面白いところでは、「羽ばたき型MAV(マイクロエアビークル)」の研究がある。これは一言で言うと、トンボ型の小型飛行機の研究だ。あまり知られていないかもしれないが、昆虫が空を飛ぶ原理は、実はまださほど解明されていない。そこで飯田氏は、専門である空力分野の研究成果を応用して、トンボの飛翔メカニズムの解明に取り組んでいる。将来的には、トンボと同じ原理で飛行する超小型飛行機の開発を目指している。

photo 羽ばたき型MAV

photo トンボの解析
動画 羽ばたき型MAV
動画 トンボの流体解析

 ちなみに、超小型飛行機の開発は現在、民生・軍事両面において世界中で進められており、ジェットエンジン型やヘリコプター型など、さまざまなものが研究されている。その中でも、昆虫と同じように羽根を羽ばたかせて飛ぶタイプのものは、ほかのタイプにはない多くのメリットがあるといわれている。

 「われわれが行った風洞実験でも、トンボ型はほかのタイプのものに比べて、横風や乱気流の影響を受けにくいことが分かっている。そこで例えば、災害時に瓦礫のすき間に入っていって、被災者を捜索するような用途が期待されている。われわれの研究もそうしたことがお題目になってはいるが……、しかし実際のところは、『とにかく、トンボが飛ぶメカニズムを解明したい!』というのが本音」(飯田氏)。

 なお実験では、本物のトンボをつかまえてきて、それを風洞の中で飛ばしてみるのだという。意外と苦労するのが、この実験用のトンボの調達だ。

 「学生の研究の進ちょくが遅れると、『もうすぐ11月だよ、トンボがいなくなっちゃうよ!』とはっぱを掛けることもある。一度、トンボの養殖にチャレンジしたこともあったが、ヤゴが共食いして全滅してしまった! そのときには、『機械と違って、生物は難しいな……』と感じたことを、よく覚えている」(飯田氏)。

Profile

吉村 哲樹(よしむら てつき)

早稲田大学政治経済学部卒業後、メーカー系システムインテグレーターにてソフトウェア開発に従事。 その後、外資系ソフトウェアベンダーでコンサルタント、IT系Webメディアで編集者を務めた後、現在はフリーライターとして活動中。


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