基本設計で作った3次元モデルを設計工程で活用するモチベーションがなかなか上がらない……。なので、少し発想を変えて、CAEに着目!
日本が伝統的に強い製造業の領域に、造船がある。機械や電機などの分野に携わる方々にとって造船は、同じモノ作りではあっても、少し特殊で縁遠い分野に思われるかもしれない。しかし、造船の世界でもほかの分野と同様、3次元CADやCAEといった設計・解析ツールの導入が着々と進められている。本稿ではそうした動向について、ユニバーサル造船 商船・海洋事業本部 基本設計部 構造設計室 総括スタッフの三浦 康史氏に話を聞いた。
ユニバーサル造船は、2002年10月に日本鋼管と日立造船の造船部門が統合して発足した、国内屈指の規模を誇る造船企業である。三浦氏は同社で、主にタンカーや貨物船など、いわゆる「商船」と呼ばれる船舶の基本設計を行う部署に所属している。主に船の構造設計を担当しているが、同時に同社内における3次元CADやCAEなどITツールの導入推進役も務める。
造船業界におけるCADの歴史は、案外に古い。1970年代、多くの造船企業の製造現場において、船の部材となる鋼板の切断を行う自動工作機械が導入された。この機械に投入する電子データを生産設計部門で準備するために、初めてCADが導入された。その後、この生産設計用CADの3次元化が進み、1980年代にはほとんどの造船企業の生産設計部門で、自社開発もしくはパッケージの3次元CADアプリケーションが導入された。
1990年代になると、今度は「この3次元CADを、より上流の設計フェイズで活用できないか?」と模索する動きが起こる。ユニバーサル造船の前身である日本鋼管の造船部門でも、当時その検討が行われたという。しかし、生産設計で使われていた3次元CADは、上流の基本設計の用途には適していない部分も多かったという。
「生産設計用の3次元CADはプラットフォームが古いことが多く、また基本設計には不要なデータも多く含んでいた。例えば、生産設計用のCADデータには、製造に必要なミリ単位の寸法や位置情報などの数値が事細かく含まれているが、こうした細かい数値データは基本設計の段階では不要なもの」(三浦氏)。
そこで同社は、基本設計用の3次元CADソフトウェアを新たに導入することにした。それが、2000年に導入した造船業界向け3次元CADソフト「Tribon(トライボン)」だった。同製品は、もともとは生産設計での利用を前提としたものだったが、基本設計での利用にも耐える仕様のバージョンが新たに登場したため、早速これを導入したのだ。なおトライボンはその後、製造元ベンダがアヴィバ(AVEVA)社に買収されたことで、「AVEVA Marine」と名前を変えた。その後のユニバーサル造船でも、いまもなおこの製品を基本設計で活用している。
AVEVA Marineは、一般的な機械系3次元CAD製品と比較すると、使い勝手が大きく異なる。まず画面を一目見ただけでは、2次元CADと何ら変わらないように見える。事実、主な設計作業は、ほとんどが2次元図面作成イメージの作業環境で行われる。しかし、裏では3次元のモデルが存在しており、必要に応じて呼び出すことができる。
「主な作業を2次元で行えるので、2次元から3次元への設計スタイル過渡期にはうってつけだと思い、採用に至った。やはり、これまで完全に2次元の世界で設計していたところを、いきなり3次元中心の世界に移行するのは無理があると判断した。事実、2次元にはそれなりのメリットが多くあるので、われわれもすべての設計作業を3次元化することはいまのところ想定していない」(三浦氏)。
現在、同社の基本設計部門では2次元CADと3次元CADを併用して設計作業を行っているが、3次元CADのモデリングによる設計手法はすっかり浸透しているという。そこで次の段階として三浦氏らが考えたのが、基本設計以降の設計フェイズ、すなわち機能設計、詳細設計、生産設計でもこの3次元CADのモデルを流用することだった。すべての設計フェイズで同じ3次元モデルを一気通貫で共有することにより、コンカレントエンジニアリングやフロントローディングの促進を図ったのだ。
しかし結果的にこの計画は、意図したとおりにはうまく進まなかったという。
「基本設計以降の設計フェイズで、3次元モデルの必要性をなかなか喚起できなかった。本来は、3次元のモデルを使えば、2次元の図面から3次元の奥行きを読み取るスキルが不要になるので、設計者のスキルレベルのバラつきを埋められるという大きなメリットがある。しかし、そうしたスキルをすでに身に付けているベテランの設計者から見ると、わざわざ手間を掛けて3次元化するメリットが見えないということになる」(三浦氏)。
また2次元の図面には、コメントや注記で細かい情報を書き入れることにより、設計思想をストレートに伝えられるというメリットがある。しかし3次元CADでは、こうした情報は属性データとして背後に隠れてしまう。さらには、上流の設計工程で他人が作ったモデルの内容を検証するぐらいなら、使い慣れたツールを使って自分で一からモデルを構築した方が早いという設計者も少なくないという。
その結果、基本設計以降の設計工程では、基本設計で作った3次元モデルを受け取って活用したいというモチベーションがなかなか上がらないのが実情だという。こうした状況を指して、三浦氏は「3次元CADの停滞期」と呼ぶ。
「現場や下流の設計部門での活用が進まなければ、われわれとしても3次元モデルの共有を促進するモチベーションがなかなか上がらない。しかし、3次元モデル自体は非常に有用なものなので、何か役立てる方法はないかと考えていた」(三浦氏)。
そこで三浦氏らは、発想を根本的に変えることにした。それまでは、設計の上流から下流にかけて3次元モデルを受け渡すことに主眼を置いていたが、それとはまったく別の活用法に着目することにした。それが、CAEによる解析だ。
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