最初に道路を作るとき、違う工法を採用しておけば、そんなに補修しなくて済んだかも? 今回は、土木の世界のFEM解析を紹介!
建設業もまた製造業と同じく、わが国の「モノづくり」を担う基幹産業の1つである。しかし、建設会社が造る(作る)「モノ」の多くは、数十年にわたり社会のインフラとして使われる建造物だ。近年、この分野でも瑕疵(かし)担保義務やライフサイクルコストの問題に対する意識が急速に高まり、建設会社も、ライフサイクルコストを最小に抑えつつ数十年後の性能を保証できる「性能設計」の考え方が求められている。前田建設の石黒健氏は、現在ではCDSプロジェクト室長として、システム開発やレガシーシステム再利用のためのIT基盤エンジン「セルラーデータシステム」*1 の開発を推進しているが、それまでは技術研究所で長年地盤工学の研究に携わり、数値解析技術を活用して性能設計の実現にアプローチしてきた。自身を「コテコテの土木屋」と語る同氏に、建設分野における性能設計と数値解析の活用について聞いてみた。
*1 「セルラーデータシステム」(前田建設)
――建設会社における解析の活用とは?
石黒氏:建設業における解析の対象は、大きく3つに分かれています。1つ目はコンクリート、2つ目は水(河川や津波など)や風などの流体、そしてもう1つが地盤や岩盤などです。このうち人間が調整して造り出しているコンクリートや水などは当然ながら物性が明確ですが、地盤や岩盤については実はまだまだ分からないことだらけなのです。私自身、もともとは「液状化対策」を専門とする研究者で、この「分からない」地盤や岩盤を対象に数値解析を用いて建設における性能設計というものを研究していました。そのために、多種多様な建造物の建設プロジェクトに関して解析を行ってきました。ときには工事が終了して10年20年と時間がたった、過去のプロジェクトの現場を、あらためて現在の技術で解析してみた事例もあります。
――既に完工した物件をあらためて解析する目的は?
石黒氏:もちろん研究目的なのですが、できあがっている物件ですから、解析に必要となるさまざまな地盤物性のパラメータは分かっており、施工内容も明確です。さらに、その十数年後の周辺への影響も明らかになっています。ですから、これをあらためて現在の技術で解析することで、「どういう設計・工法を使えば、発生している問題を抑えて、ライフサイクルコストを最小にできたか」を考えることができるのです。もちろん既に完工している構造物にしてみれば「いまさら言われても」ですが、次に同じような工事を行うとき、設計・施工に大きな示唆を与えてくれるはず。例えば道路です。「道路はなぜ毎年毎年舗装工事を繰り返しているのか?」とよく聞かれます。もちろんそれぞれの道路工事に理由があるわけですが、実は最初にそれを造るときに、別の設計・工法を採用しておけば、そんなにたくさんの補修はしなくて済んだかもしれません。今回は旧日本道路公団による「常磐自動車道」神田地区の例をご紹介しましょう。
――どのような現場だったのでしょうか?
石黒氏:常磐自動車道は大変長い高速道路ですが、その神田地区に非常に軟弱な地盤の地帯がありました。当時、その上に土を盛って造成し、道路を作っていったわけですが、完工後沈下が発生したんですね。まあ、軟弱な粘土の上に土を盛れば沈むことは予想できたはずですが、問題はその沈下が完工後15年たっても一向に収まらなかったこと。いつまでたってもじわじわと沈み込み、「連れ込み沈下」で周辺を巻き込んで家屋が傾き、田畑が使い物にならなくなるという事態になってしまったのです。住民は怒りの声を上げ、新聞沙汰にまでなってしまう騒ぎで、JH(旧日本道路公団)も大変困り、結局は延長1km当たり約9億円という大変なお金を掛けて維持補修していきました。このような大きな地盤変状も、建造当時の技術では予測することができなかったんです。しかし、最新の有限要素法を使えば可能なのではないか。そして、その予測を生かし、ライフサイクルコストを最小限に抑えた最適な設計・施工方法を試算してみよう、と考えたのです。
――どのような手法で解析を行ったのですか?
石黒氏:短期的あるいは長期的な性能を事前に予測・照査するためのツールとして「土/水連成弾粘塑性(そせい)FEM(有限要素法)」を用いました。これにより各現場の諸条件をモデル化して複数の対策工事それぞれの効果を定量評価し、最適な性能設計を示そうというのです。そのためには、まず適用精度を検証しなければなりません。変形や間隙水圧など、地盤の挙動の再現性や安定性評価の精度が問われるわけですね。そこで地盤挙動の再現として、まず盛土を施工したときの短期応力や変形挙動。そして、問題となっている完工後、道路の供用が始まって以降の長期残留沈下挙動を再現していきました。また、安定性の評価については、盛土施工の工程を考慮した安定性評価手法を提案。これらにより実盛土に対する再現解析を行っていきました。検証自体は、全く無対策で施工した場合――実際の施工はこの無対策だったわけですが――と、サンドドレーンという地盤改良工法を用いて施工した場合の2パターンについて検証していきました。
――サンドドレーンとはどのようなものですか?
石黒氏:軟弱地盤に盛土した後の残留沈下は、場所によっては実測値で最悪1.5メートルくらいまで沈下します。沈下した所をどう補修していったかというとオーバーレイ。つまり上からアスファルトを覆っていったわけですが、そうするとそのアスファルトの荷重でまた沈むという具合で「いたちごっこ」になってしまったんですね。しかも、アスファルトは高価な材料なので、費用も非常に大きくなってしまったんです。しかし、こうした軟弱地盤の残留沈下の対策がなかったわけではないんです。残留沈下は、粘土質の軟弱地盤が下にある場合、排水境界が遠い外側(地表面)になるため上から荷重が掛かっても瞬間的には水が抜けず、じわじわ長い時間をかけて抜けていくため起こるんですね。ですから何らかの方法で、これが早く抜けるようにしてやればいい。その解決法の1つが「サンドドレーン」です。これはサンドドレーンという一種の「砂の柱」を粘土中に打ち込んでやるんです。すると水はその柱へ向かって横へ抜けていってくれますから、盛土をしている間に水が抜け、先に沈下してしまいます。結果、施工後の沈下が起らないという工法です。実は、この常磐自動車道の工事でも一部で試験的に採用されていたんですが、前述の通り最初に早く水が抜けて沈下が起こったため、これはいけないということで採用されなかったんです。
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