――この解析に当たって特に工夫されたポイントは?
石黒氏:前述した通り、地盤や岩盤については分からないことがたくさんあります。解析にあたっては、「この土にこうしたら、このくらいこうなる」、という構成式を入れ込んで進めて行きますが、その土がどういう土なのかが分からない。例えばダムのような、人間が作り込んだものならまだしも予測できますが、道路を造る地盤の下となると、これは神様が作ったモノなのでどんな土があるか分かりません。だから全てが非常に難しいことになるわけです。地盤沈下の解析で世界で第一人者とされる太田秀樹先生(中央大:当時は東工大)*2 でも、実測値と解析値はせいぜい半分しか一致しないのが当り前、というほど難しいのですが、発注者の道路公団はそんなレベルでは許してくれません。それで一生懸命苦労してたどり着いたのが、前述の土/水連成弾粘塑性FEMです。これは「関口・太田モデル」と呼ばれる土の構造骨格モデルと液相である間隙水(かんげきすい)とをカップリングした2相混合体のモデルを使って、両者の相互作用を考慮しながらこの地盤の応力や変形と浸透流の連成解析を行おうというツールです。
*2 太田秀樹『維持・管理および更新のための計測・解析技術、土と基礎』52-5、pp1-6
石黒氏:実際の施工の行程に合わせて、腹付け盛土、盛土、サンドマットと盛土要素、と順番に追加して再現していきました。対象区間には地盤が薄い所と厚い所とがあったので、2カ所解析しました。弾粘塑性パラメータは実際のボーリングデータや各種の室内試験結果に基づいて設定し、解析コードについては、前田建設が開発した「VPCUPLA」を使用しています。
――残留沈下の再現結果はどうでしたか?
石黒氏:施工時沈下についても供用後の長期残留沈下についても、試験盛土の解析値は実測値に近い値を出すことができました。
石黒氏:前述したサンドドレーン打設部の水抜きの効果も、補修によるオーバーレイの影響による再度の沈下もほぼ再現され、サンドレーンの有効性が確認できたんです。そして、冒頭で申し上げた通り、この事例の解析のもう1つのポイントは、ライフサイクルコストに関する比較まできっちり行った点です。ライフサイクルコストとは、施工時の初期建設コストと維持補修コストを合わせた総コストですから、この場合、施工時は無対策で初期建設コストを掛けず、供用後にオーバーレイなどの巨額な維持補修で対策を施していった場合と、逆に施工時に初期建設コストを多めに投入してサンドドレーンを行い、供用後は沈下を抑えて維持補修費を掛けずに行った場合の総コストを比較していったのです。
――ライフサイクルコストの比較結果はどのようなものでしたか?
石黒氏:地盤改良策はほかにもさまざまなものがあるので、検証はこの2パターンだけでなく7種類の工法について行いました。
石黒氏:例えば国交省の道路土工指針で規定されている深層混合という工法は、地盤を深いところまでガチガチにセメントで固めて改良するので沈下などを抑えるのにも極めて有効です。当然メンテナンスコストは抑えられますが、逆に初期コストが非常に高くなるんですね。この深層混合工法からサンドドレーン工法、そして無対策でメンテナンスで対処という方法まで、7種を比較してライフサイクルコストが最小になる工法を考えていったわけです。結果はやはりサンドドレーン工法がベスト。そこでサンドドレーンに関しては、さらに打設するピッチ(ドレーンピッチ)をどれくらいに取るのが最適か、まで検証し、施工ピッチ4メートルのサンドドレーンがライフサイクルコストを最小限に抑えられる最適工法である、という結論を出したのです。
――まさに性能設計への展開ですね
石黒氏:私自身、現在はまったく分野の異なるプロジェクトを担当していますが、こうした地盤に関わる解析の技術は、今後一層重要になってくると考えています。例えば今回の東日本大震災についても、これは1000年に1回の大地震を想定していなかった技術屋の敗北ですが……、今後はこれもきちんと想定していかなければなりません。そして、今回ご紹介した高速道路の解析では、地震が来た場合の沈下の解析も実際に行っています。こうした技術を応用していけば、これから復興が始まるインフラの建設においても、1000年に一度の大地震の到来を考慮した解析を活用していくことも可能なのではないでしょうか。
・竜田尚希・稲垣太浩・三嶋信雄・藤山哲雄・石黒 健・太田秀樹『軟弱地盤上の道路盛土の供用後長期変形挙動予測と性能設計への応用』土木学会論文 No.743/III-64,PP.173-187,2003(平成14年度 土木学会論文賞受賞)
柳井 完司(やない かんじ)
1958年生まれ。コピーライター、ライター。建築・製造系のCAD、CG関連の記事を中心に執筆する(雑誌『建築知識』『My home+』(ともにエクスナレッジ社)など)。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.