前ページで、ハンドル操作によるタイヤの転舵の仕組みについて説明したときに登場したピニオンという部品がありましたが、油圧式パワーステアリングではこのピニオン内に油路の切り替え機構を内蔵させています。
マニュアルステアリングではピニオンはただの金属の塊という感じなのですが、油圧式では内部が非常に複雑な構成(ロータリーバルブ)となっています。
まずピニオンの上部(ステアリングコラムとの連結部)と下部(ギア部、ラックと噛み合い)とが直接つながっておらず、トーションバーという金属製の棒によって連結されています。
そして上部にはローター(内側)、下部にはスリーブ(外側)と呼ばれるそれぞれ油路が設けられたバルブが備わっています。
トーションバーはサスペンションでも使用されていますが「ねじれる」ことが特徴です。棒状の金属を弾性域内でねじることで、さまざまな用途に使用されている部品です。もちろん弾性がありますので、一定以内の荷重であれば力を抜くことで元の形状に戻ります。
まずハンドルを回転させるとステアリングコラムを介してピニオン上部であるローターにトルクが掛かります。何も抵抗がなければトーションバーを介して下部のスリーブに回転力が伝わり、ラックが横方向に動くという作動になるのですが、ラックは常にタイヤからの反力(車重)が掛かっていますので簡単には動かせません。
つまりローターを回転させようとしてもスリーブが簡単には回転しないため、中間にあるトーションバーがねじれることになります。
ローターとスリーブにはそれぞれ油路が設けられていると説明しましたが、ねじれが発生することでラック推力を必要としている側のパワーシリンダ(ハンドルを右に回転させたとき、右側パワーシリンダ)への油路のみが開き、結果的に油圧によってラックを横方向へ動かすアシストをしてくれることになります。
このときのねじれ量は路面抵抗の大きさに比例しますので、路面抵抗が大きいときには油路も大きく開くことになります。つまり路面抵抗の大きさに応じてアシスト量も随時変化することになり、限りなく自然に近いフィーリングを得ることが可能です。
「ねじれ過ぎたらトーションバーがねじ切れたりしないの?」
と思われるかもしれませんが、もちろん何の対策も施していなければ十分に考えられます。そこで一定以上の反力になるとローターがスリーブを直接押し、それ以上ねじれないように設計されています。
もし油圧機構が故障した場合(油圧が発生しないなど)ですが、それだけで全く転舵できなくなってしまうと危険回避ができませんので非常に危険です。
そこでピニオン内部の構造を思い出していただきたいのですが、ローターとスリーブとは最終的に直接当たる構造になっていると説明しました。
つまりマニュアルステアリングと同等のピニオンとしての働きも持ち合わせていますので、アシストした状態でのハンドル操作が可能となっています。
現実的には、急にアシストがなくなるとハンドルロックしてしまったような感覚に陥るほど重たく感じますので非力な方だとハンドルを回せないかもしれませんね……。特に油圧式はマニュアルステアリングにはないパワーシリンダの抵抗分も含めて人力で動かす必要があり、非常に重たいです。
油圧式パワーステアリングには細かい制御がまだまだあります。例を挙げると
というように、さまざまなシチュエーションによって発生するアシスト量の変化を可能な限り自然に近づける(マニュアルステアリング)ための工夫が多々あります。
しかしこれらを全て紹介していると膨大な量になってしまいますので、基本的な構造作動を理解していただくために必要な部分に的を絞って説明しました。
次回は現在の主流である電動式パワーステアリングについて説明する予定です。お楽しみに! (次回に続く)
カーライフプロデューサー テル
1981年生まれ。自動車整備専門学校を卒業後、二輪サービスマニュアル作成、完成検査員(テストドライバー)、スポーツカーのスペシャル整備チーフメカニックを経て、現在は難問修理や車輌検証、技術伝承などに特化した業務に就いている。学生時代から鈴鹿8時間耐久ロードレースのメカニックとして参戦もしている。Webサイト「カーライフサポートネット」では、自動車の維持費削減を目標にメールマガジン「マイカーを持つ人におくる、☆脱しろうと☆ のススメ」との連動により自動車の基礎知識やメンテナンス方法などを幅広く公開している。
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