タグチメソッド活用事例集でコツをつかもう本質から分かるタグチメソッド(4)(1/4 ページ)

溶接、レンズ研磨、樹脂成型などの場面でタグチメソッドはどう使われている? 学会でも披露された実例から活用のコツを覚えよう

» 2010年10月29日 00時00分 公開

 いま、モノづくりは大きな転換期を迎えています。そんな中で、タグチメソッドまたは品質工学と呼ばれる考え方が多くの企業から注目されています。同時に、多くの誤解も存在します。タグチメソッドは開発設計部門の技術者を対象として、品質管理(QC)の限界を超えてリコール撲滅を狙う考え方なのです。 (編集部)

 連載(1)(2)(3)でタグチメソッドの発想法とそれを実現する手法であるロバスト性評価、直交表について紹介してきました(前回へ)。今回は、「5. 実際の例から考え方のコツを学ぶ」から見ていきましょう。

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5. 実際の例から考え方のコツを学ぶ

 タグチメソッドの基本は、技術の本質をどう考えるか、その本質は何を測定すれば分かるのか、そして測定感度を高めるにはどんな工夫が必要かを考えることです。決して統計解析が重要でないことは理解していただけたと思います。

 頭では理解できたが、具体的な問題ではどう考えたらいいのか悩まれている方が多いと思います。そこで今回は、実際の例で考え方を紹介しようと思います。しかしオリジナルの文献には必ずしもきちんとした考え方が書かれているとは限りません。ここで紹介する内容は筆者独自の解釈を追加したものですので、文献の著者の考えと異なっている可能性もあります。そのような場合はすべて筆者の責任です。従って、本稿は内容を覚えるのでなく、考え方のコツをつかむ参考資料として活用してください。

 取り上げる例では技術分野ができるだけ多種多様になるように選びました。こうすることで汎用技術であるタグチメソッドの特徴が分かると思います。具体的には一般的な機械加工、プラスチック成形や鋳造加工、電気回路の設計や半導体製造、信頼性テストの時間短縮などの例を紹介します。

 最後に、確実にデータを測定するための工夫を紹介します。機能が理解できても、実際には測定が難しかったり、高価な測定器がないとできなかったりでは意味がありません。実践的な工夫を紹介しましょう。

事例1:エネルギーに注目する

スポット溶接の根本的改善

 スポット溶接の技術は自動車産業を中心に広く使われています。最近では、溶接強度という基本的な機能だけではなく、溶接作業時に溶融した金属が飛び散らないような条件が要求されています。つまりさらなる品質向上ばかりでなく、副作用の低減による環境への配慮なども必要となってきたそうです。

 単なる溶接強度の向上なら従来の研究方法でも可能ですが、さまざまな副作用まで考慮した総合品質の向上のためには、研究方法に工夫が必要となります。なぜなら、従来のような個別問題を対象とした検討方法では、対策自体が新たな副作用の発生を誘発するという「もぐらたたき症状」に悩まされるからです。もぐらたたき症状とは、簡単にいうと「あちらを立てればこちらが立たず」という状態です。このような状態は、開発期間が長くなったり、コストが増大したりする原因になります。

 スポット溶接の基本性質を改善する方法として、通電時間と累積エネルギーの関係に注目し、もぐらたたき症状を防ぐことに成功した例があります(第18回品質工学研究発表大会 2010年 論文発表8)。

 この事例ではなぜ時間とエネルギーに注目したのでしょうか。スポット溶接とは溶接電極で材料を挟み込み、通電することで内部に発生する熱を利用して溶接する原理です。ですから同じ時間でより多くの電流が流れて発熱すれば、溶接強度が高まることが予測できます。要するに溶接のために使う発熱効率を高めればいいのです。そして、そのような条件なら、余分なところの電流ロスも少ないはずです。つまり、副作用も少なく総合的に最適な溶接条件である、という考え方になるのです。

スポット溶接の場合:
要求される機能:通電時間内により多くのエネルギーを消費できること
   ・入力:通電時間 
   ・出力:消費エネルギー
   ・ノイズ:時間経過と材質
   ・SN比:エネルギー効率の時間的安定性


 この考え方でいいかどうかは、やってみれば分かります。従来の条件では、材質や板厚の比率が変更になった場合対応できませんでしたが、この考え方で導き出した最適条件は、適用性・汎用性が高かったそうです。つまり、板厚や材質の組み合わせが変更になっても、簡単な修正だけで対応できるようになったのだそうです。

光学レンズ研磨工程の改善

 ガラスは硬くもろい材料です。ガラスを使ってレンズを作るという精密加工は、かなり高度な技術になります。大きなエネルギーを投入して素早く加工しようとすると、破砕が多くなり仕上げ面の品質が悪くなります。そうかといって、加工に長時間をかければコストがどんどん高くなってしまいます。最適な加工条件を見つけることは、工業的に重要なことなのです。

 一般的に、加工条件の検討は投入エネルギーと加工量の関係を取り上げるのが有効な検討方法といわれています。しかし、研磨加工の場合には、1回の加工量が微量過ぎて重量測定ができないという実践上の問題点があります。そこで加工中の消費電力の時間軸波形を活用する方法があります。それは研磨加工の本質を、次のように考えるからです。

 研磨加工とは、工業用ダイヤモンドを多数埋め込んだ加工ツールを用い、製品の表面を少しずつ仕上げていく工程です。使用する加工ツールとは、微小な刃物が多数並んでいるようなものです。ということは、1個ずつの刃物が確実な加工をするならば、総合的に一番品質の良い製品になるはずだと考えられます。従って、ダイヤモンドツールの微小部分が加工をするときに消費する電力を測定し、その波形がそろっているかどうかを判定すれば、加工の品質を評価できるのではないかと考えたのです。

 実際には、研磨加工中にダイヤモンドツールを駆動しているモータの消費電力を、0.25秒ごとに測定して記録しました。1回の研磨加工で約1000ポイントの測定データを取得し、その波形の安定性を解析したのです。そして、それら瞬時電力の波形のバラツキが少なく、最もそろう加工条件を見つけ出したところ、加工表面の品質が2倍に改善されたそうです(第18回品質工学研究発表大会 2010年 論文発表28より)。

加工一般:
要求される機能:所望の加工を行うために使用するエネルギーが少ないこと
   ・入力:加工量(体積、重量)
   ・出力:消費電力
   ・ノイズ:時間経過や材質、加工しにくい条件
   ・SN比:エネルギー効率の時間的安定性


 紹介したスポット溶接とガラス研磨以外にも、加工プロセスを検討する際にエネルギーの観点で考えて成功した例は多くあります。何かの作業をする場合、必ずエネルギーは使うはずですから、エネルギーの流れを考えることは基本の機能を考えることだといえるのです。

機能を考えるコツ(その1):仕事につながるエネルギーの流れを考え、効率と安定性を追求する


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