3番目のコツとして、転写性を説明しましょう。樹脂成形と似たような分野に、鋳造があります。特に自動車用の鋳造品は、ますます低コスト化と高精度化が要求されています。そのために、鋳造自体の精度アップを図り、鋳造後の加工コストの削減と加工時間の短縮が必要となりました。長い間、技能に頼っていた鋳物の世界で、技術の中身にまで立ち入りを検討した例がありましたので紹介しておきましょう。
ある企業が大学と協力して鋳造品の精度向上の研究を行い、従来は0.5mmを必要としていた加工シロを0.3mmにまで減らすことに成功しました。その結果、材料の節約と加工時間や電力の削減などから得られる経済効果は、年間で2600万円になったそうです(第13回品質工学研究発表大会 2005年 論文発表97より)。
鋳物の寸法転写性:
要求される機能:成形品の寸法が、型寸法と同一であること
・入力:型寸法
・出力:製品寸法
・ノイズ:部品形状などに影響されない
・SN比:部品形状に対する入出力の安定性
樹脂の成形や鋳造加工は、型寸法どおりに品物ができることが理想です。型がどんな形状であっても、その形状どおりの製品が成形できることが大切です。従って、「型寸法を品物寸法に転写する機能」と定義できます。
このような入力と出力が同じ種類の測定値を考えることを、転写性といいます。転写性は非常に広い応用範囲を持っており、シミュレーションだけで成功した例も報告されています(第18回品質工学研究発表大会 2010年 論文発表52より)。
さらに広い範囲の活用もできます。型寸法の代わりに「入力情報」、成形品寸法の代わりに「出力情報」と考えれば、情報の入出力を転写性ととらえられます。すると、さまざまなプロセスの評価に応用できるのです。NCによる機械加工や、カメラやプリンタのような画像機器、電気回路や通信機器などへの応用例もあります。
画像機器の場合(カメラやTV):
要求される機能:源画像と再生画像が同一であること
・入力:源画像の濃度値
・出力:再生画像の濃度値
・ノイズ:再生場所、時間経過、再生機器の違いなど
・SN比:入出力画像の一致性を追求する
次に紹介する例は、アナログ回路の設計に転写性を応用したものです。
機能を考えるコツ(その3)
情報の入出力の一致性(転写性)に注目し、その安定性を追求する
アナログ回路の設計者は、素子のバラツキに左右されない回路を設計することが腕の見せ所になります。現在はシミュレーションで行う例が多いですが、回路に使うすべての素子のバラツキを考慮するとシミュレーションの規模が大きくなり過ぎてしまいます。従って普通はすべての素子のバラツキを考慮しないで設計してしまいます。つまり、妥協です。そのため、不十分さが残る場合が多くありました。
そこである技術者が、すべてのトランジスタのバラツキを考慮したシミュレーション実験を行いました。シミュレーションのスピードを速くする自動化ソフトの採用に加えて、計算条件を簡略化する直交表という手法を利用し効率化したのです。その結果、大幅なバラツキ低減ができる回路が設計できたそうです。改善コストも、年間5600万円にもなったということです(第14回品質工学研究発表大会 2006年 論文発表54より)。
また高速のCMOSオペアンプを初めて設計した技術者が、周囲の予想に反して3分の1の時間で完成してしまった例もあります。オペアンプは、トランジスタやコンデンサなどの回路素子の定数を調整しないと、求める特性が発揮できません。
しかし、それらの回路定数は複雑に関連し合い、最適な条件を決めるには長い時間が必要でした。そこで設計者は、回路シミュレータと品質工学を組み合わせてみたのです。そして直交表にオペアンプ回路の素子定数を割り付けて最適条件を求めたところ、当初の特性より4割近くも改善できたそうです。しかも、検討に要した期間は従来の3分の1でした(第13回品質工学研究発表大会 2005年 論文発表12より)。
機能を考えるコツ(その4)
シミュレーションできる特性なら、積極的に活用する
このアナログ回路の設計の例は、先に紹介した転写性の考え方の応用です。ただし、転写性の応用については注意点があります。転写性は基本的な機能を対象としていないので、実験を失敗する可能性もあるのです。失敗を防ぐためには、さまざまな条件で多種類のデータを対象とする方が安全です。
従来、防水の目的に使用される塗膜の耐久性を評価するには、長期間を必要としていました。ところがある技術者が、大幅な期間短縮が可能な新しい耐久性評価の方法を考え出しました。
タグチメソッドでは、問題としている品質を直接測定することは勧めていません。時間や手間が掛かる割には、効果が少ないからです。そうではなく、なるべく本質的な機能や特性を測定することを検討します。
タグチメソッドを勉強したその技術者は、原則に従って考えた結果、微小硬度計を用いてみたのです。はがれや変色など外観で変化が出るまでには長時間が必要になるので、微小硬度計で塗膜内部の変化を検出しようと試みたのです。外観に変化が出るよりも前に、内部では必ず何か化学構造的な変化が起きているはずです。化学構造の変化なら微小部分の硬度を測定すれば検出できるのではないか、と考えたのです。
やってみると、短時間で耐久性の変化を測定することが可能なことが分かりました。その結果、従来の12分の1の期間で耐久性の評価ができてしまったのです。いままで3カ月かかっていた耐久性評価テストが、たった1週間で可能になってしまったのです(第13回品質工学研究発表大会 2005年 論文発表21より)。
機能を考えるコツ(その5)
寿命や信頼性そのものを測定するのでなく、
現象を支配している基本プロセスを考える
似たような例は、数多く報告されています。金属ベルトの耐久性テストを電気抵抗値の測定で代用した例や、ゴムローラーの寿命テストをゴムの弾性特性を測定した例、またモータの信頼性評価を消費電力の測定で100分の1の短期間で実施した例などがあります(注)。
注:『品質工学』第9巻3号(2001年)、「第9回品質工学研究発表大会 2001年 論文発表51」『品質工学』第12巻5号(2004)
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