さて、第1〜4原則を理解した読者は、「いままでとは違うことは分かった。でも、いまいちピンとこない」と感じているのではないでしょうか。そこで、より理解してもらうために具体例を説明しておきましょう。
ここからは技術分野の異なる2つの例を同時に説明します。分野の違う技術課題にも同じ考え方で対処できること、つまり汎用性が高いことを示したいからです。2つの例は、古典ともいえる有名な成功例です。
両方の例とも、結果的に製造歩留まりを飛躍的に改善しています。しかし、その取り組みは、歩留まりを下げている問題点への対策ではなく、生産技術そのものを根本から改善するというものです。生産工程の総合力をSN比で表現し、パラメータ設計を行って、改善策を見つけ出したのです。
まず、2つの事例の内容と問題点を整理しておきましょう。
タイルに焼く前の原料ピースを、幅広いベルトコンベアに並べて大きな窯を通過させ、タイルに焼き上げます。その際、窯の内部には場所による温度差がありますから、焼き上がったタイルに寸法ムラができるのです。寸法バラツキの原因は、明らかに場所ごとの温度差ですが、温度を均一にコントロールする方法はコストが掛かります。
1枚のシリコンウェハー上に数千個の微小な穴加工を行う工程です。ウェハー上の場所によって穴の径や形がバラつき、貫通しないなどの問題がありました。開発初期のことでもあり、歩留まりは数十%だったそうです。ウェハー上の場所により条件が均一でないことが原因であることが明白なのですが、何をどの程度コントロールすべきか分からず、混乱状態でした。
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さて、この2つの事例は、技術分野はまったく異なりますが、課題のパターンは同一であると考えられます。つまり、問題の原因は分かっているが、その対策にはコストが掛かり過ぎるのです。このような問題は、意外に多いと思います。
一般にいえることですが、バラツキの原因に対策する場合は、コストが高くなるのが普通です。事例1、2とも場所による条件差をなくそうと思えば、装置の大幅な改造や高精度のフィードバックシステムが必要でしょう。しかし、そこまでコストを掛けても「製造条件の影響を受けやすい性質」という根本原因は温存されたままです。バラツキ原因に対策しても、根本的な対策ではない場合が多いのです。
タグチメソッドの原則に従い、バラツキの原因には対策せずに、原因の影響を受けにくい条件を検討します。もちろん具体的なアイデアは、担当技術者の固有技術で捻出(ねんしゅつ)しなければなりません。例えばタイルなら原料ピースの材料組成であり、半導体なら使用ガスの圧力や時間、電圧などでしょう。
そして、それらアイデアの効果を実験で確認し、大きなバラツキ原因が存在しても、製品のバラツキを少なくできる条件を探し出すのです。
このような条件が見つけ出せれば、製品は「製造条件の影響を受けにくい性質」に改良されているはずです。つまり未知のバラツキ原因に対してもロバストであろうことが期待できるのです。これが本当の未然防止になるのです。
設計条件 | ばらつき原因 | データ | 表現している意味 | |
---|---|---|---|---|
QC型問題解決法 | 一定 | 解析の対象(対策実施) | σ | 原因が偶然にばらつくことで起こるばらつき |
タグチメソッド | 解析対象(対策実施) | 一定 | SN比(平均値/σ) | 同程度の原因の変動に対する影響度 |
表2-1 バラツキ(σ)とSN比の違い |
表2-1にQCとタグチメソッドでの、バラツキデータに対する考え方の違いを示してあります。QC問題解決法では設計条件は一定ですから、製造工程のバラツキを生み出す原因を探し出して対策します。一方のタグチメソッドでは、バラツキ原因の大きさをコントロールして実験し、原因の影響を受けにくい設計条件を探す考え方になります。まったく正反対の考え方です。
SN比は、バラツキとは異なるものです。SN比はロバスト性の特性値であり、品質の良しあしの特性値です。表現は、基本的には1/σでいいのですが、平均値で規格化するために平均値をσで割り算しSN比の形で使用します。
ここまでを、まとめておきましょう。
タグチメソッドの狙いは、市場で発生する不具合を設計段階で未然に防止することです。そのためには未知の現象を予測しなければなりません。未知の事柄は経験や過去のデータでは予測できませんから、理論を追究する科学的思考法は役に立ちません。その代わり、理想からのズレを品質と考える新しい概念を取り入れます。そして、新しい品質の概念をSN比で表現するのです。SN比の考え方で総合品質を予測評価するが、未然防止の基本戦略です。
タグチメソッドの基本には未然防止の考え方がありますので、従来の品質管理とは異なる取り組み方が必要になります。それは、問題を確認してから検討するやり方とも、過去の問題点の再発を防止する考え方とも違います。というのも、未経験の不具合現象に対しても、有効な対策を検討しなければならないからです。加えて、限られた開発期間内に実施しなければならないので、論理性を追究する科学的方法論ではとても間に合いません。
タグチメソッドは主張します。さまざまな状況を想定した実験で、何が起きるかを確認してしまう方が現実的ではないか――本稿の第3原則と第4原則で説明した「バラツキ原因を意識的に変動させて不具合現象を発生させる」やり方です。
タグチメソッドは、いままでとは発想が異なりますから、品質を維持管理するという従来の体制とは異なる組織で実践することをお勧めします。
前回説明した「本来のTQM=QC+タグチメソッド」という図式を思い出してください。製造現場の品質管理だけでは解決できない問題が表面化したことで、TQMの運動が始まったのです。QCの方法論に加えてタグチメソッドの方法論も取り入れることで、初めて車の両輪が機能するのです。品質を維持管理する体制と、品質を改善する体制を区別して推進することで、真のTQMが達成できるのです(次回へ)。
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長谷部 光雄(はせべ みつお)
品質工学会会員、日本信頼性学会会員
株式会社リコーで技術開発センター所長を歴任後、技師長および顧問として同社のグループ会社全体を対象に品質工学の指導と推進を担当。
主な著書に『ベーシックタグチメソッド』(日本能率協会マネジメントセンター、2005年)、『技術にも品質がある』(日本規格協会、2006年)、『品質力の磨き方』(PHP研究所、2008年)など多数。
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