仮にタイヤがロックすると、実際には車速が40km/h出ていたとしても車輪速は0(ゼロ)という信号が入ることになりますね。40km/hの車速でタイヤが回転していないということはあり得ないので、
「ブレーキ力が強過ぎる! 減圧しなければ危険だ!」
という判断を下すわけです。
実際には車輪速から割り出された「車輪加減速度」によって、
「車速に対する減速度が大きい」=「スリップ率が大きい(100%)」
と判断し、減圧判断を行います。
スリップ率という表現が出てきましたが、タイヤがロックすると自分がイメージするよりも車が止まらないという事実が以下のグラフに示すような関係で分かります。
ブレーキ特性はスリップ率が20%前後で摩擦係数が最大となっており、それ以降は徐々に摩擦係数が低くなっているのが分かりますね。つまりタイヤがロック(スリップ率100%)すると制動力が低下し、停止距離が短くなるのです。
さらにコーナリング特性も見てみましょう。こちらはスリップ率に反比例しており、タイヤがロックした状態では摩擦係数が0(ゼロ)になっていることが分かります。つまりこれはハンドルを切っても摩擦が発生しない、危険回避ができないことを表しています。
双方を踏まえて最も効率が良い範囲というのが「10〜30%」であり、ABSはスリップ率がこの範囲内に入るように制御します。
それでは2つ目の「ブレーキ力を調整する役割」を時系列で説明します。
ブレーキペダルを踏み込むと、各ブレーキ装置へ油圧が発生して減速します。減速するとはつまり「車輪速度が低下⇒車速が低下する」という流れです。
車輪速度が低下することによって車速も低下するわけですが、車速が低下するためにはタイヤのグリップ力が車輪の減速度に追従できなければいけません。つまり車輪速度を一定以上のペースで急激に低下させてしまうと、タイヤのグリップ力が減速度に追従することができなくなってスリップが生じ、最終的にタイヤがロックすることになるわけです。
このように車輪の減速度が一定以上になるとタイヤが追従できないことは事前に分かりますので、あらかじめコントロールユニットに判断基準となる「設定値A」を設けています。
車輪の減速度が一定以上になった(設定値Aを超えた)と判断すると、コントロールユニットは「保持信号」を出します。つまりそれ以上ブレーキペダルを踏み込んでも油圧が上がらないように制御するということです。
しかし設定値を超えるようなブレーキ圧ですので、そのまま保持していても車輪の減速度は決して低下しません(設定値Aを上回る)。そのままブレーキ圧を保持していくわけですが、最終的に「現在の車速に対してこれ以上車輪速が低下すると、先述した最も効率が良いスリップ率の限界値(設定値B)」を超えてしまいます。
設定値Bを超えたところでようやく「減圧信号」が出され、ブレーキ圧は強制的に減圧されて車輪速度は緩やかに上昇します。
車輪速度が上昇することで効率が良いスリップ率に入りますので、設定値Aに到達した時点で再度「保持信号」が出されます。しかし保持をしているだけでは車輪速は上昇を続けてしまいますので、次はタイヤがロックしない減速度(設定値C)に到達した時点で「加圧信号」が出されます。
以降はこれらの制御を車速がゼロになるかブレーキペダルを離すまで繰り返します。
ABSにおける制御をまとめますと、
となります。
ABSの油圧制御には少し困ったことがありますので少し説明しておきます。
ブレーキペダルを踏み込んでいる際に減圧するためには、油圧を強制的に下げる必要があります。その一般的な方法では、ABS本体にあるポンプによりブレーキ配管内からブレーキフルードをくみ出して油圧を下げています。
瞬間的、とはいっても油圧が低下するわけですから、ブレーキペダルは一瞬ストロークが増加します。その後「保持」を経て「加圧」されますので、逆にストロークは低下します。ABS作動中は非常に短い周期でこれらの変化が繰り返されることになります。これはつまり、踏み込んでいるブレーキペダルが前後に振動することになりますので、ABSが作動することで実際の操作上でも感触があることを知っていないと驚きます。
もちろんポンプも作動しますので、実際には振動だけでなく「ブリブリブリ……」という大きな音も同時に発生します。
急ブレーキを踏み込んだときというのは、ABSの実際の作動を知らなくても危機的状況ということもあってブレーキペダルから足を離すということはあまりないと思います。しかし、それでもABSの完璧な作動をさせるためには相当な踏力が必要になります。
ABSの作動において非常に厄介なのが、部分的な低摩擦路における瞬間的な作動です。例えばブレーキ中にマンホールを踏んだり部分的にぬれている部分を通過したりすると、瞬間的にABSが作動することでブレーキペダルが振動して音が発生することがあります。
ここまで読んでいただいた方であれば全く問題ない正常作動だと感じていただけると思うのですが、ABSの作動を知らない人からすると、
「ブレーキが壊れた!」
「ブレーキが一瞬効かなくなった!」⇒減圧作動による勘違いです。
などなど、実際に販売店へ数々の苦情が寄せられることも少なくありません……。
ABSの作動サイクルを極限まで短くすればこのような苦情はほとんどなくなると思いますが、まだまだごく限られた高性能車などにしか採用されていません。
ABSは非常に理想的な機構ではありますが、一部の路面状況に置いては逆に停止距離が伸びてしまう場合もあります。
その代表的な例がアイスバーン(ミラーバーン)や砂利道です。ABSの作動サイクルにおいて瞬間的にタイヤが空転するタイミングがあります。通常の路面状況などでは特にマイナス要素ではありませんが、先述したような極限まで摩擦係数が低い状況ではマイナス要素になってしまいます。これも作動サイクルを極限まで短くすることで解決しますので、ABSのさらなる低コスト化による高性能制御の普及を期待したいですね!
次回はブレーキシステムを活用した車体制御装置について解説する予定ですのでお楽しみに! (次回に続く)
カーライフプロデューサー テル
1981年生まれ。自動車整備専門学校を卒業後、二輪サービスマニュアル作成、完成検査員(テストドライバー)、スポーツカーのスペシャル整備チーフメカニックを経て、現在は難問修理や車輌検証、技術伝承などに特化した業務に就いている。学生時代から鈴鹿8時間耐久ロードレースのメカニックとして参戦もしている。Webサイト「カーライフサポートネット」では、自動車の維持費削減を目標にメールマガジン「マイカーを持つ人におくる、☆脱しろうと☆ のススメ」との連動により自動車の基礎知識やメンテナンス方法などを幅広く公開している。
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