本田宗一郎も苦戦したピストンリングの設計いまさら聞けない エンジン設計入門(2)(3/3 ページ)

» 2008年02月25日 11時39分 公開
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オイルリング

 「オイルリング」とは、シリンダを潤滑した後の余分なエンジンオイルをかき落とす役割を持ったリングです。コンプレッションリングとは違い、形状はどのエンジンでもほとんど同じです。特に最近は、「サイドレール」と「スペーサエキスパンダ」とを組み合わせて1つのオイルリングとする「組み合わせ型オイルリング」が一般的です(以下、写真2)

 スペーサエキスパンダは非常に複雑な形状をしています。この形状は、オイルを逃がすための開口部を大きくし、オイルリングが収まっているピストンリング溝に設けられた「オイル逃がし穴」に効率よくオイルを押し出すために工夫した結果です

組み合わせ型オイルリング 写真2 組み合わせ型オイルリング:波打った形状のものが「スペーサエキスパンダ」。その上下にあるフラットな形状のものが「サイドレール」

 オイルリングは、サイドレールによってかき出されたオイルをスペーサエキスパンダのオイル逃がし部とピストンのオイル逃がし穴に送り出します

オイル逃がし穴 写真3 オイル逃がし穴(赤い丸の箇所):オイルリング溝に沿って複数空いている。ピストン内側から撮影

 それぞれのオイル逃がし穴(写真3)から、ピストンの内側にオイルを押し出すことによってピストン本体を冷却する(ピストンの冷却システム)という重要な役割も担っています。

ピストンリングの異常現象

 このように構成部品を少しお話ししただけでもかなりのボリュームになりましたね。ピストンリングを考えるうえでさらにウエイトを置かなければいけないのが“ピストンリングに起こる異常現象の対策”です。この異常現象の代表的例3つを以下で挙げてみましょう

スカッフ現象

スカッフ現象 写真4 スカッフ現象

 主にオイルの不良や想像以上の負荷が加わることでシリンダの油膜が切れてしまい、オイルを介さずに直接リングがシリンダに接触して深い引っかき傷を付けてしまいます(写真4)。最悪の場合は焼き付きを起こします。少なくても圧縮が抜けてしまうことは避けられないため、エンジン出力低下の原因となります

スティック現象

スティック現象 写真5 スティック現象

 ピストンに設けられているピストンリング溝にカーボンやスラッジ(燃焼生成物)がたまって、ピストンリングがリング溝内で動けなくなってしまう現象です(写真5)。ピストンリングの役割が“ピストンの上下運動に合わせてリング溝上下に密着して気密性を保つこと”だと考えれば、動けなくなることでピストンリングとしての役割をほとんど果たせなくなるわけですよね。これは、オイル上がりや出力低下の直接的な原因として頻繁に見掛ける現象です

フラッタ現象

 各行程でピストンリングに作用する高圧力よりも慣性力が上回り、ピストンリング溝の上下面に密着せずに浮き上がったような状態になる現象です。主な原因は、ピストンリングがピストンに合わせて上下作動する際にピストンリング溝に衝突して跳ね返ることです(衝突力>高圧力)。

 この跳ね返りを防止するために、ピストンリングはできるだけ薄くて軽い(慣性力が小さい)ことが非常に重要となります。ピストンリング溝の上下面に密着しないことで起こる不具合は、上記のスティック現象とほとんど同様です

 さらにフラッタ現象独特の事象として見られるのは「リング溝とリング上下面の異常摩耗」です。これはピストンリングがリング溝内で暴れている証拠であり、フラッタ現象と診断する決定的な証拠になります

 上記をまとめると、ピストンリングを設計するために必要となる最低限の懸案事項はこのようになります

  1. ピストンに追従して常にピストンリング溝内で上下に動いている
  2. 各行程によって圧力の方向が変わる
  3. カーボンなどの異物が作動の邪魔をする
  4. ピストンリングの厚みや重さによって慣性力が変わる
  5. 適度なオイルを残しつつ、余分なオイルはかき落とす微妙な味付けが必要

 ほかにも考えたらキリがないほどたくさんあります

ピストンリングは、厄介な部品!?

 私も知識が中途半端なころは、「ピストンリングは張力でシリンダに密着して圧漏れを防いでいる」という程度しか考えていなかったのですが、知識を身に付けるほどにピストンリングに求められている条件がとても多いことを痛感しました

 ここで少し余談になりますが、本田技研工業の創業者である本田宗一郎氏のピストンリングにまつわるこんなエピソードがあります。本田氏が修理工から製造メーカーへと転身したときのこと。3万本ものピストンリングを製作し、その中で特に出来が良い50本を厳選してトヨタに納入したそうです。ところが実際に採用されたのはたったの3本だけだったとか……。このことからも、ピストンリングという部品がいかに難しい部品であるかが分かると思います

 つい先日も、地震による影響でピストンリング製造メーカーが稼働せず、ほとんどの自動車メーカーの量産がストップしていると話題になりましたが、ピストンリングではなくほかの部品であったなら、きっと違うメーカーが代理で製作できたと思います。ピストンリングは特殊な技術やノウハウが必要ですので、生産が再開するまで待たなければ、どう動きようもなかったのだろうと推測できます。また何といっても、エンジン部品の中でも特に精度を求められる部品ですから、品質を落とすわけにはいかなかったという現状もあるでしょう

 ピストンリングは、たくさんのノウハウが詰まった部品で、それに関する専門的な知識も挙げようとしたらキリがないほどたくさんあります。その中でも今回は、基礎知識の一部と、さまざまな物を開発する際に応用できそうな“工夫が見えやすい部分”に焦点を当ててお話ししました。少しでも皆さまのお役に立てば幸いに思います



 次回は「シリンダ」に関して詳しくお話しする予定ですのでお楽しみに! (次回に続く)

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Profile

カーライフプロデューサー テル

1981年生まれ。自動車整備専門学校を卒業後、二輪サービスマニュアル作成、完成検査員(テストドライバー)、スポーツカーのスペシャル整備チーフメカニックを経て、現在は難問修理や車輌検証、技術伝承などに特化した業務に就いている。学生時代から鈴鹿8時間耐久ロードレースのメカニックとして参戦もしている。Webサイト「カーライフサポートネット」では、自動車の維持費削減を目標にメールマガジン「マイカーを持つ人におくる、☆脱しろうと☆ のススメ」との連動により自動車の基礎知識やメンテナンス方法などを幅広く公開している。



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