欧米や国際機関におけるPFOS/PFOAの評価と管理PFASリスクの基礎知識(5)(2/2 ページ)

» 2026年08月17日 06時00分 公開
[永井孝志MONOist]
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欧州における評価とその解釈上の注意点

 欧州では統一された水道水の基準値はなく、各国がそれぞれ決めている状況である。例えば、PFOS、PFOA、PFNA、PFHxSといった4物質合算の基準値はデンマークで2ng/L、スウェーデンで4ng/L、ドイツで20ng/Lなどとなっている。ただし、欧州食品安全機関(EFSA)は、リスク評価に用いる耐容週間摂取量として、4.4ng/kg(体重)/週を設定している。日本の耐容一日摂取量は20ng/kg(体重)/日なので、週当たりにすると140ng/kg(体重)/週になり、大きな差があることが分かる。この4.4ng/kg(体重)/週も米国と同様にワクチン抗体価の減少に注目して決めた値である。

 しかしながら、ワクチン抗体価の減少が実際の悪影響としてどの程度のものであるかは注意が必要だ。この根拠となった研究では、ドイツにおける1歳児の血中PFAS濃度と抗体価の関係を調べた結果、米国の基準値の根拠となったフェロー諸島の研究と同様に、PFOAの血清中濃度が増加するほど、ジフテリアなどの抗体価が下がっていた(PFOS、PFHxS、PFNAは有意な関係がなかった)。ただし、生後1年間の感染症歴との有意な関係はなかったのである。われわれが防ぎたいものは抗体価の減少ではなく実際の病気の発生であるはずだ。

 しかも、1歳児のPFASの摂取量は母乳を飲んだかどうかで大きく左右され(ミルクではなく母乳を飲むほど高くなる)、PFOAの影響よりも母乳の影響を見ているのかもしれない。この結果をそのまま読んでしまえば「母乳をやめよう」という安直なメッセージにつながりかねない。ところが母乳は免疫系に大きなメリットがあり、下痢や呼吸器感染症になりにくくなるという関係がある。PFOAでは実際の病気の発生が増えるわけではないので、結局は母乳を与えるほうがメリットが大きい。ワクチン抗体価は追加接種で上昇するため、PFAS曝露に関係なく(抗体価はPFAS以外にもいろんな影響を受けるため)抗体価を測定して不足していれば追加接種するという対策が必要であり、その対策さえしていればワクチン抗体価に関してPFASに特別な対応は必要ないであろう。

WHOの基準値案から考える飲料水基準の在り方

 世界保健機関(WHO)は2022年9月に、水質ガイドライン作成のための背景文書「飲料水中のPFOS及びPFOA」のパブリックレビュー版を公表し、この中で暫定ではあるものの、基準値(ガイドライン値と呼ばれる)としてPFOS/PFOAそれぞれ個別に(合算せずに)100ng/Lを提案した。

 この100ng/Lという基準値案は、PFOS/PFOAによる健康影響から決められた値ではない。動物実験や疫学調査などの知見はどれも決め手に欠け、不確実性が大きいため、リスクベースの基準値は導出されなかった。WHOは欧米が注目したワクチン抗体価の減少については疑問視している。抗体価の減少が実際に感染症の発生を上昇させているわけではなく、そもそもジフテリアは米国で年に1人感染者が出るかどうかという状況であるため、臨床的意味は不確かと結論付けている。さらに、数理モデルを用いて血中濃度から一日摂取量へ換算されているが、このモデルの不確実性も大きい。

 では何を根拠に基準値を設定したのだろうか。現状の水中濃度が高くても1000ng/L程度であること、通常用いられる浄水処理技術でその90%以上を取り除けること(100ng/L以下になる)、現在の各国の基準値がおおむね100ng/L前後であること、などを総合的に判断して100ng/Lという数字になったということだ。

 つまり、現状達成できそうな範囲内でなるべく低くする、といういわゆるALARA(As Low As Reasonably Achievable)の原則をベースとしている。また、総PFASとして、測定可能な30種類(PFOS/PFOAも含む)のPFASの合算として500ng/Lというガイドライン値も提案された。これも現状の技術により達成可能であるからということが根拠となっている。

 そもそもPFOS/PFOAの摂取は食品由来がメインであり、中でも魚介類由来が多くなっている。よって、飲料水だけを厳しく規制してもPFOS/PFOAの摂取量には大きく影響しない。飲料水基準の在り方を考える際にはこのような全体的な視点が重要である。



 欧米や国際機関における評価と管理について、特にワクチン抗体価への影響に注目して解説したが、次回はワクチン抗体価とともに注目されている発がん性について解説する。

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筆者紹介

永井孝志

リスク分析を専門とする研究者。博士(理学)。ブログ「リスクと共により良く生きるための基礎知識」を運営。著書に「基準値のからくり」や「世界は基準値でできている」。国立研究開発法人で化学物質の環境リスク評価等に従事しているが、本記事は所属機関における業務とは無関係である。


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