固体内部の温度を計算する際には熱伝導率を用いますが、伝熱界面において流体温度と固体との温度差を計算するときには熱伝達率を使用します。熱伝達率の値は、インターネットで検索しても簡単には見つからず、結局は熱流体解析を行って求めることになります。
熱流体解析の準備として、円管内を流れる層流と乱流を例に、手計算とシミュレーションの手法を紹介しました。ニュートン流体の粘性抵抗を説明するために、水あめを用いた映像を作成しましたが、いかがだったでしょうか。
ニュートン自身が水あめを使って実験したとは考えづらいですが、PIV(粒子画像流速計)などの計測技術がなかった時代に、どのようにして「流体中にせん断応力が発生しており、それが速度勾配に比例している」という事実に気付いたのでしょうか。もしかすると、川の清流を眺めながら着想を得たのかもしれません。
なお、水あめの映像は筆者のお気に入りなので、ここであらためて再掲します(動画1)。
乱流、特に乱流シミュレーションの説明には苦心しました。乱流は非常に奥が深く、本当は取り上げるのを辞退して飛ばしてしまおうかとも思っていましたが、何とか文章にまとめることができました。粘性底層の存在に気付いたのは、キッチンでまな板を洗っていたときです。粘性底層を撮影した動画も、意図した内容をしっかり表現できたと思います。この動画の撮影は「一発本番撮影、一発OK」でした。
過去のシリーズ(連載「CAEと計測技術を使った振動・騒音対策」、連載「CAEを正しく使い疲労強度計算と有機的につなげる」)では、筆者は一貫して「条件がそろえば、厳密解とシミュレーション結果は一致する」と主張してきました。しかし、熱流体解析ではこの主張は通用しません。そもそも乱流熱伝達に関しては、厳密解が存在しません。そこで本シリーズでは、実験値を整理した経験式との一致を目指しました。
そこそこ一致する計算例は示せたものの、セルサイズの調整には試行錯誤が必要でした。熱伝達のシミュレーション結果と経験式との一致は、かなり難しいものがあります。単にセルサイズを細かくするだけでは解決しないと思います。
また、熱流体解析ソフトは熱伝達率も出力しますが、その値が実験式による熱伝達率と一致するかといえば、やはり難しいと思われます。そもそもソフト側には、主流の温度やバルク温度を知るすべがありません。
冷却系の設計では、効率良く熱伝達量を増やすことと、冷却流体の圧力損失を下げることが主な関心事となります。筆者の上の子が赤ちゃんだったころ、哺乳瓶に入れたミルクを冷やす際、「ヒート・トランスファー・コエフィシエント(熱伝達率のことです)を上げるにはどうしたらいいか」と考えながら、哺乳瓶を水道水に当てていたのを思い出します。
ホローコンダクターを使ったコイルおよびダクトの設計は、本シリーズの集大成といえる内容です。ここでは、熱伝導、熱伝達、圧力損失の計算が必要となりました。熱伝達については、強制対流熱伝達と自然対流熱伝達の両方について説明しました。
自然対流熱伝達では、「流れの状態が二度と同じ形にならない」という特性をシミュレーションで表現しました。乱流場における渦の形は常に変化しており、同じ形が再現されることはありません。
この現象を見ていて思い出したのが、かつて家族で鳴門海峡の渦潮を見に行ったときのことです。観光パンフレットに掲載されていた写真には大きな渦が1つ写っていましたが、実際に船で近づいてみると、渦は絶えず生成と消滅を繰り返しており、写真にあるような大きな渦はほんの一瞬しか現れないことが分かりました。
小さな渦は、粘性によって熱エネルギーに変換されて消滅します。圧力損失の小さな冷却流路を設計するには、この渦をいかになくすかに注力する必要があります。断面急拡大や断面急縮小部をなくすことと、渦を抑制することは、本質的に同じ課題だといえるでしょう。
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