さて、多くの工業国は、工作機械産業の発展に注力していますが、日本の工作機械の研究体制は、残念ながら他国と比べて活性化しているとは言いにくいのが現状です。
その理由としては、工作機械の研究は、大学の研究室単位で進められていることが多く、企業との共同研究もあまり活発ではないことが挙げられます。例えばドイツでは、国策の継続性もあり、豊富な資金でまかなえる研究体制があり、公的研究機関や産学官連携も強力です。
また、発展著しい中国も、2010年前後の時点では、工作機械技術はおくれをとっていた印象がありましたが、2015年に発表した「中国製造2025」では「製造強国」を掲げ、野心をむき出しにしていたことを思い出します。現在では国家戦略の下、莫大な資金が投入され、こちらも産学官連携で活発な研究開発が行われています。
どこの国でも「懐が潤えば、価格は高くても価値のあるモノが欲しくなる」というのは世の常。非常に高い精度が要求される工作機械に関しては、資本も集まりやすく、メーカーが切磋琢磨する環境のため、国際競争力も上がっていきやすい側面があります。
では、このように重要な工作機械の製造トレンドについては、どうなっているでしょうか。
これまでは、クオリティーの高い工作機械は、人を介して微調整を行う「すり合わせ」の技術を用いてつくられていました。近年では、労働人口の減少も要因となって、自動化・高能率化が進み、各国でもデジタルを活用したスマート工場化が進んでいます。
さらに、企業が「持続可能な開発」に対してどのように寄与できるかも問われており、SDGsへの取り組みに関心が集まっています。製造業にとってSDGsは、省エネへの改善努力やCO2削減など、循環型社会の実現に向けて関連性も高く、企業が戦略的に取り組むことは、持続的成長を促すことにつながります。そのため、経営戦略としても不可欠な重要課題となっています。
さらに、DX(デジタルトランスフォーメーション)やGX(グリーントランスフォーメーション)などのように、テクノロジーを活用して新たな価値創造に対応できる研究開発と人材育成が、これからの発展に欠かせません。現在、どの産業も人材確保の競争が激化していますが、工作機械業界はわれわれが生きていく上で重要な役目を担う大切な業界ですから、産学官が力を合わせて、連携をさらに強化していくことが必要と考えます。
日本の強みは、品質の高い工作機械を活用した複雑なモノを作る製造技術にあります。ナノレベルの加工精度であっても、安定した品質の製品を効率良くつくることができるのです。
これまで多くの製造現場では、熟練技能者のカンと経験に生産を頼っていたため、デジタル化は難しいとされていました。しかし、この「つかみどころがない領域」のデジタル化が実現できれば、高い国際競争力が期待できます。
モノづくりのデジタル化によるメリットは、「人の技能差を問わず、高品質な製品を、自動化によって能率良く安定品質で製造できる」という点です。製造現場も現在、デジタル化が加速しており、人手不足や生産ラインの能率アップに、工作機械業界も貢献しています。
ところで、自らをタリフマン(関税男)と称する米国大統領ドナルド・トランプ氏の一方的な関税政策が、日本をはじめ世界経済や貿易体制に大きく影響を及ぼし、動揺と混乱を招いています。
この関税政策の目的の1つに、「製造業を国内に回帰させ、国内産業を保護すること」が挙げられています。トランプ氏は、移民に対する厳しい政策を打ち出していますが、米国の製造業と移民との関係は密接であり、工場内は多くの移民労働者が活躍しているのも事実です。
移民を排除するとなると、人材確保が困難になり、生産コストの上昇や稼働率低下は避けられません。そのため今後、労働者不足を補うために、機械の自動化、省人化、高能率化技術がさらに求められるでしょう。
日本の機械産業は、「高精度/高性能」という点でまだまだ優位性を持っており、国際競争力の高い分野です。どんなに不安定・不確実な環境であっても、必要なモノは高くても必ず売れます。米国はすでに工作機械産業が衰退し、モノをつくる力が弱くなっています。
トランプ氏が「最先端の設備高度化」を求めて効率的な生産を望むのであれば、機械設備に関しては、壊れにくくて精度が良いうえ、メンテナンスなどのサービスに強い日系メーカーや欧州系メーカーに強みがあると考えられます。
那須直美(なす・なおみ)
インダストリー・ジャパン 代表
工業系専門新聞社の取締役編集長を経てインダストリー・ジャパンを設立。機械工業専門ニュースサイト「製造現場ドットコム」を運営している。長年、「泥臭いところに真実がある」をモットーに数多くの国内外企業や製造現場に足を運び、鋭意取材を重ねる一方、一般情報誌や企業コンテンツにもコラムを連載・提供している。
産業ジャーナリスト兼ライター、カメラマンの二刀流で、業界を取り巻く環境や企業の革新、技術の息吹をリアルに文章と写真で伝える産業ドキュメンタリーの表現者。機械振興会館記者クラブ理事。著書に「機械ビジネス」(クロスメディア・パブリッシング)がある。
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