本連載では、産業ジャーナリストの那須直美氏が、工作機械からロボット、建機、宇宙開発までディープな機械ビジネスの世界とその可能性を紹介する。今回は、あらゆる機械をつくり出す工作機械の重要性について触れる。
前回は、第1次から第4次までの産業革命を中心とした機械の発展の歴史を振り返りました。今回は、世の中のあらゆる製品を生み出す源泉である「工作機械」の重要性について触れたいと思います。
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多くの消費者は通常、最終製品しか目にしません。そのため、その製品をつくるための機械に触れるチャンスは乏しいといえます。そんなこともあり、一般的には工作機械がどういうものなのかはあまり知られていないのです。
工作機械とは、ざっくり説明すると、「必要なモノを必要とする形状、精度に合わせて、効率よく加工する際に使用する機械」のことです。工作機械分野の第一人者である清水伸二氏(日本工業大学 工業技術博物館 館長、上智大学名誉教授)は、工作機械について、次のように述べています。
「単に機械をつくる機械ではなく、『世の中のあらゆる機械をつくり出している機械』です。また、工作機械でつくり出された半導体露光装置や高度な計測機器は、自分よりも飛躍的に精度の高い仕事が行える製品もつくり出しているのです」
近代化社会の実現は、工作機械なくしてはなし得ません。近年では、産業の複雑化、高度化もあり、工作機械や加工技術のさらなる進化が求められています。この分野に強い国は、「あらゆる製品を自国で生み出せる国」とも言えますが、その分、この分野でおくれをとれば、あらゆる産業技術の進展に大きな影響が出てしまいます。
工作機械の優劣は、それによって生み出される製品の競争力に影響を与え、ひいてはその国の工業力全体にも大きく影響をもたらします。そのため、どの国でも工作機械産業は、「一国の経済の根幹をなす産業」として位置付けられているのです。日本の工作機械が活躍している分野をいくつか見てみましょう。
現代では、生活に欠かせないものの1つがスマートフォン(以下スマホ)です。このスマホのカメラに使用される非球面レンズは、超精密加工機で加工された金型を用いて量産されており、この金型加工には、nm(10億分の1m)の単位での超微細加工が要求されます。
こうしたすさまじく高度な加工ができる工作機械は、美容や医療産業でも活躍しています。例えば「マイクロニードルパッチ」。これは、わずか数十〜数百μmの長さの微細な針を並べてシート上に成形したもので、これを皮膚に貼ることで直接、皮膚の内部に有効成分が浸透する仕組みです。この生産にも超高精度の工作機械が欠かせません。
航空機や船舶、発電プラントに用いられる蒸気タービンのように、巨大な工作物を高品質かつ効率良く加工するためには、工作物よりもさらに大きい超大型工作機械が必要になります。動かすだけでも大変な大型工作物は、加工するにも大変な労力がかかります。
超大型工作機械は、必要な加工面に対して、主軸アタッチメント(切ったり削ったり穴を開けたりなどの目的に合わせて交換する、加工の際に回転する部分の付属部品)を交換しながら加工することで、一度取り付けた工作物の位置を変えずに連続的な加工ができるというメリットがあります。
なお、日本の航空機産業については、国も中期的に拡大が見込まれる市場に対して、成長性や先端技術の適用性があると認識しており、「広い裾野産業を有する重要産業」と位置付けて、発展に向けて取り組んでいます。
実際、航空機の部品点数は約300万点にも及ぶとされ、中小企業を含めて幅広いサプライチェーンで支える構造となっています。そのため、産業間のつながりや雇用拡大を生み出す、波及効果の大きい産業と言えます。
ほかにも、工作機械が貢献している分野に、CTスキャンやMRIなどといった医療機器部品や、欠損した骨の代わりとして人体に直接埋め込む人工関節、インプラントなどの生体材料の加工もあります。また、紙幣や硬貨も工作機械がなければつくることができません。
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