よみがえる明治大正の町工場の音、工作機械の“生きた教材”ごろごろモノづくりショールーム探訪(1/3 ページ)

電動機のスイッチを入れると、白色電球がともる薄暗い工場内で、ベルトを介して動力が伝わった旋盤が動き出した――。日本工業大学の工業技術博物館は工作機械を約270台所蔵し、7割以上が実際に稼働できる動態保存になっている。同博物館の館長である清水伸二氏に、動態保存の舞台裏、同博物館の果たす役割、今後の工作機械産業の展望などを聞いた。

» 2025年08月15日 06時00分 公開
[中野龍MONOist]

 日本の産業技術の発展に貢献した工作機械を中心に400点以上の工業製品を展示しているのが、日本工業大学の工業技術博物館(埼玉県宮代町)だ。金属を削り、機械を作り出す機械であり、工業製品の製造に不可欠な「マザーマシン(母なる機械)」と呼ばれる工作機械を約270台所蔵。その7割以上が動態保存され、実際に稼働できるのが大きな特徴で、一般の人も常時見学できる工作機械の博物館として世界有数の規模を持つ施設だ。

 同博物館の館長で、日本工業大学 客員教授 工学博士の清水伸二氏は「収蔵機器の178点が国の登録有形文化財だ。また、工作機械の230台以上が日本機械学会の機械遺産、60台以上が経済産業省の近代化産業遺産にも認定されている。代表的な工作機械のほぼ全機種、名機と呼ばれるものがそろっており、実際に動いている様子を見られる博物館としては世界的にも類を見ない施設になっている。工作機械を学ぶのに、これ以上の場所はない」と胸を張る。

 清水氏に歴史的な名機を中心に館内を案内してもらい、収集活動や動態保存の舞台裏、同博物館の果たす役割、今後の工作機械業界の展望などを聞いた。

400以上の工業製品を展示する工業技術博物館 400以上の工業製品を展示する工業技術博物館。手前左は屋外展示場の箱根登山鉄道電車[クリックで拡大]

100年以上前の町工場を再現、連続テレビ小説の撮影も

 同博物館は、1987年に学園創立80周年記念事業として日本工業大学キャンパス内に開設された。現在は本館、蒸気機関車展示館、別館で構成され、工作機械専門図書資料室なども備えている。

 敷地内に入ると、まず目にとまるのが屋外展示されている箱根登山鉄道電車だ。1919年(大正8年)に製造された木製車体を、1950年(昭和25年)に半鋼製車体に改造した車両で、2019年(令和元年)まで現役で走行していた。こちらは残念ながら走行はしないが、車内アナウンス、空気ブレーキ、レール圧着ブレーキ、散水などの動態保存化を進めている。

れんが建ての蒸気機関車展示館 れんが建ての蒸気機関車展示館[クリックで拡大]

 博物館に隣接するれんが建ての蒸気機関車展示館には、大井川鉄道で使われていた2100形蒸気機関車が動態保存されている。1891年(明治24年)に英国で製造された車両で、空気ブレーキ装置などを除いて、ほぼオリジナルな姿を保っている。オープンキャンパスなど年10回ほど、学内に敷かれた120mの線路上を走る同館のシンボル的な工業製品の1つだ。

「石炭をくべるのも重労働だが、運転も大変だ。運転レバーを押したり引いたりするだけで力が必要で、1日運転すると若い人でも翌日は疲労で手が震えてしまう。一度動かすと、大量の灰が出るため掃除をするのも一苦労だ。今の車両は電気とモーターで動くが、昔は人が車内で動力を作りながら動かしていたのだと、技術の進歩を肉体で感じられる」(清水氏)

 工業技術博物館の本館内に足を踏み入れると、飛行機の格納庫のような広さ3000m2もの建屋の中に、工作機械群がずらりと並ぶ、圧巻の光景が広がった。

館内には約270台の工作機械が保存されている 館内には約270台の工作機械が保存されている[クリックで拡大]

「全ての機械を年代順、機種別に整理している。駆動動力および関連技術を含めて進歩が理解しやすいように展示しており、機械単体だけでなく、昔の町工場も館内にそのまま移設復元している」(清水氏)

 最初に案内されたのは、復元された植原鉄工所の工場だ。1907年(明治40年)に東京市芝区(現在の港区)で創業し、65年間にわたってポンプの部品などを作っていた。

移設された植原工場 移設された植原工場[クリックで拡大]

「当時の典型的な町工場で、見学しやすいように手前の壁は取り外し、少しだけ天井を高くしているが、機械は当時の配置のままだ。地面は土間で、照明も当時と同じ白色電球だ」(清水氏)

 清水氏が電動機を動かすと天井のベルトを介して動力が伝わり、当時使われていた池貝鉄工所(現 池貝)製の旋盤などが動き出す。大きな音と共に振動が伝わってきた。

100年以上前の工場の状態を再現[クリックで再生]

「薄暗い照明の中で、ガタガタと動く音を聴き、油の臭いをかぐなど、いろんなことを五感で感じると、昔の工場の様子がよく分かる。当館のWebサイトで動画を見て来た機械好きな見学者も、実際の迫力は全然違うと驚かれる。2012年放送のNHK連続テレビ小説『梅ちゃん先生』の町工場のシーンは、ここで撮影された。当時の作業者の苦労や細かい工夫の跡も分かるし、現在の最新の工場で勤務している若手エンジニアも、ここに来るとエンジニアリングセンスが刺激されると言っていた」(清水氏)

       1|2|3 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.