AUTOSARの周りで揺れ動くSDVとオープンソースの波AUTOSARを使いこなす(37)(3/3 ページ)

» 2025年06月30日 06時00分 公開
[櫻井剛MONOist]
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SDVの統一的な定義が見られない中でも方向性は定まりつつある?

 前回東京開催では、「SDVって何だろう?」という模索の過程をうかがわせる講演が多数ありましたが、今回のベルギー開催では、相変わらずSDVというものの統一的な定義は見られない中で、その状況に捉われずに「自分たちはこうするのだ」という方向性を示す講演が多数見られました。

 第16回AOCの2日目の基調講演は、Mercedez-BenzのMarco Maniscalco氏による「Driving Forward: The Power of Platform in Automotive Software」と題するもので、そこではSDVの時代に求められることとして、AUTOSARの設立当初からチャレンジとして取り上げられてきた「複雑さ(Complexity)」※3)を切り口として、どう付き合うか(deal)、どう減らしていくか(reduce)、そしてどう防いでいくか(prevent)という問いを投げ掛けながら、あらためて必要な取り組み/方向性が示されました。

 同社は古くから、人材だけではなくMethodology(メソドロジー、方法論)に着目してきた企業であり、前回の第15回AOCのテクニカルセッションでも、AUTOSAR内標準化部会WG-MT(Working Group Methodology and Template)の主要メンバーである同社のRobert Sakretz氏が、筆者の講演の後にMethodologyの重要性についての講演を行いました。本連載第34回などで、AUTOSARの真の活用のために必要なこととして繰り返し取り上げてきたのと同様に、「広義のインテグレーション(この講演ではConsolidationやSynergy)の促進」「再利用や重複の排除(同前およびUnify solutions)」「自動化(同、Velocity increase)」により「歩調(Cadence)を良くする」ことが、SDVにおいても必要であると締めくくられました。「システムやソフトの静的構造という狭義の意味のプラットフォーム」ではなく、以下の4点を促進することこそが「Platform thinking」であると強調されましたが、実はこれは20世紀から言われてきたことと変わるものではございません。※4)

  • 再利用のための設計
  • チームをまたいだシナジーを生み出すための施策
  • 統一/単一化を「テコ(multiplier)」として進んで活用
  • 徹底的な自動化

 AUTOSARのような標準化活動は、複雑さの低減や、統一化による無用なバリアントの削減、筋の良いツールやワークフロー、そして、(オープンさの定義や程度に差はあるものの)オープンなコミュニティーの力を借りるなどにより、個社個別のプロジェクトとは別の推進力(Driving force)を持つものである、という締めくくりもその通りだと思います。なお、AUTOSARに対しては「固い/重い」というご批判もありますが、そう見られていることはAUTOSARの運営サイドでも理解はしており、パートナー規約(パートナー各社との契約)の見直しを含めたさまざまな検討が進められています。

 ぜひ、そういった変化を踏まえつつ、標準化活動への一歩踏み込んだご参加もご検討いただければと思います(国内活動の立ち上げについては、AUTOSAR & JASPAR Japan Dayの中でご紹介できればと考えています)。

※3)もはや誰も参照することがない化石のような文書ですが、AUTOSARの最初期版であるR1.0のTechnical Overview文書を開いてみると、sec. 1.2(Why do we need AUTOSAR)には「Manage increasing E/E complexity associated with growth in functional scope」とバッチリ書かれています(歴史/経緯を把握することは、現状のより良い理解につながることも少なくありませんので、筆者はいまだに全バージョンを手元に置いておりますし、AUTOSARの研修資料の開発/保守でも、最新の内容で上書きしてしまうのではなく経緯がある程度分かるような記録の残し方に努めています)。

 なお、AUTOSAR Classic Platform(CP)入門コースのコース紹介+サンプル資料をつい先日更新いたしました(どなたでも無償でダウンロードできます)。近いうちに、コース内容の大幅増強版の提供を開始したいと思います(手元のマスタースライドの枚数が、本稿執筆中の週末にとうとう1300ページを超えました)。現在公開中のものは約1000ページでしたので、3年でだいぶ増えています(この他に大学での講義資料などもあり、作成開始から十数年目にして合計5000ページ近くにまで成長していますが、こんなボリュームになっても意外とメンテできるものだなと、我ながら驚いています)。

※4)既存ソースコードを少し手直しして使う形態の再利用については、それは「廃物利用」であるという批判が20世紀のころから存在します。また、より良い再利用の形態/レベルの存在も示されています(Will Tracz: Confessions of a Used Program Salesman - Institutionalizing Software Reuse, 1995/ウィル・トレイツ「ソフトウェア再利用の神話 ソフトウェア再利用の制度化に向けて」、ピアソン・エデュケーション(2001)p.152 表20.1など)。要件やアーキテクチャ設計などの上流段階からの、そして、論理レベルと実現レベルのそれぞれのアーキテクチャ階層を分けての「Variant(バリアント)」への対処は、今後の再利用における重要なファクターになるでしょう。そこにきちんと踏み込むことは、開発対象に対する「単発利用vs.再利用」のより明確な区別と徹底的な作り分けにもつながります。

次回に続く

 次回の掲載は8月ごろの予定です。AUTOSAR Japan HubやUG-ETの活動に関するアップデート、そして、2025年7月14日開催予定のAUTOSAR & JASPAR Japan Dayに関するご報告をと考えています。

筆者プロフィール

櫻井 剛(さくらい つよし)イーソル株式会社 ビジネスマネジメント本部 Solution Architect & Safety/AUTOSAR Senior Expert/AUTOSAR日本事務局(Japan Hub)

自動車分野のECU開発やそのソフトウェアプラットフォーム開発/導入支援に20年以上従事。現在は、システム安全(機能安全、サイバーセキュリティ含む)とAUTOSARを柱とした現場支援活動や研修サービス提供が中心(導入から量産開発、プロセス改善、理論面まで幅広く)。標準化活動にも積極的に参加(JASPAR AUTOSAR標準化WG副主査、AUTOSAR文書執筆責任者の一人)。2024年よりAUTOSAR日本事務局(Japan Hub)も担当。

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