HHとTTの界面にはそれぞれ正および負の分極電荷がたまると考えられている。図2は、実際にタンタル酸リチウム結晶内部のドメインを電子顕微鏡により観察した像となる。電子回折実験による詳細な解析の結果、図2の(a)(b)はそれぞれ上側と下側のドメインの分極方向が反対方向を向いていた。つまり、これらのドメイン界面はそれぞれHHおよびTT界面であると考えられる。
これらの界面に対して、tDPC法による電場観察を行った像と電場強度のラインプロファイルが図3だ。図3の(b)(e)ではHH界面とTT界面の電場方向が完全に逆転していることが分かった。HH界面では界面の中心から電場が湧きだすように発生しているのに対して、TT界面では界面の中心方向に電場が収束するように発生していることが明らかになった。
この電場分布の発散を計算し、電荷密度分布を見積もった結果、図3の(c)(f)のようにHHおよびTT界面の中心にはそれぞれ正および負の電荷が存在していることが判明した。
この結果は図1で示したHHおよびTT界面の中心に異なる符号の分極電荷が存在するという理論モデルと整合する。また、界面中心の正および負の電荷の周囲に逆符号の電荷が取り巻くように存在していることも分かった。これらの逆符号電荷は、分極による界面中心の電荷の偏りを打ち消し、界面を安定化するために蓄積した電荷(補償電荷)であると考えられる。
次に、OBF法を用いてドメイン界面近傍の原子変位を詳細に計測し、分極量変化を見積もった。その結果が図4だ。図4の(b)(e)はドメイン界面を横切る過程で、(b)(e)原子変位がピコ(1兆分の1)メートルオーダーで大きく変化している。この変位量から分極電荷を導き出した結果が図4の(c)(f)だ。原子変位計測からも、HHおよびTT界面においてそれぞれ正、負の分極電荷が形成することが示唆された。
OBF法で求めた分極電荷分布をtDPC法により導き出した電荷分布から差し引いた補償電荷のみの空間分布が図5だ。
この手法により、分極電荷を補償するために集まってきた補償電荷の空間分布を初めて定量的に計測することに成功した(JST調べ)。タンタル酸リチウム結晶の場合、この補償電荷の起源は、HH界面の場合はリチウム(Li)イオン空孔、TT界面の場合はLiサイトに置換したタンタル(Ta)原子であると考えられ、実際にTT界面上でLiサイトに置換した Ta原子も直接観察している。
このように、複数のSTEM法を駆使して組み合わせることにより、強誘電体ドメイン界の電荷状態をナノメートルスケールで解明することに成功した。
これらの結果から、個々のドメイン界面は、界面と分極方向の関係に応じて分極電荷があり、それを打ち消すために電荷が集まることで、全体が安定化されていることが実験的に明らかになった。このような補償電荷の存在は、ドメイン界面の移動しやすさや電気伝導性の発現に大きな影響を及ぼすため、ドメイン界面と強誘電体特性との関係の解明において重要な知見だ。
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