本連載では、オープンとは「機能、インタフェースなどの仕様が公開され、標準化されているために、誰でもその仕様にしたがった製品を開発できる。そのため、異なるベンダーの製品間での相互運用性、互換性が高いとされている考え方」としました。
つまり、オートメーションを進化させるために、工場内の多くのベンダーの多様な製品の間で、簡単に接続し通信を実現させ、データ/情報を自由にやりとりできるようにしたいという考えがあるわけです。
その観点からみれば、HMSネットワークの調査に見られるように、産業用イーサネットの市場シェアが増えることは、通信の物理層にイーサネットという同じ技術仕様を持つ機器の採用が増えることにつながるため、その方向性は間違っていません。
イーサネットはいくつかあったLANの仕様の中で、最終的に生き残った規格です。LANの市場は産業用ネットワークより大きな市場ですから、イーサネットを採用することでLANのマーケットで使われているその資産を、産業用ネットワークの中でも活用できるようになります。
しかし、イーサネットというオープンな仕様を、産業用ネットワークとしてどのように生かすかについて、現状大きなシェアを持つPROFINET、EtherNet/IP、EtherCATがそれぞれ異なった考えを持っているように見えます(これはどのネットワークの選択が正しい、良いというのではなく、それぞれ考え方に違いがあるという意味です)。
この違いは、産業用ネットワークとして、以下の選択であるよう思えます。
Deterministic性の高いネットワークとは、決められた時間に通信を実行する確実性を持つネットワークです。オートメーションのアプリケーションでは、ネットワークに速い通信周期を求めるだけでなく、Determinstic性を重視するアプリケーション、つまり厳しい同期性を要求するものがいくつかあります。
前回も説明しましたが、ファクトリーオートメーション用のネットワークの場合、可変速ドライブ機器を接続して、速度データ(測定、設定)の通信を実現させて、オートメーションの質を上げることができました。
この場合、通信の頻度をより多くする、つまり高速通信で時間内の通信回数を増やすことで、より正確に回転速度の変化を伝えることができ、さらにDeterminstic性を向上させることで、複数のドライブの同期がとれるようになります。
具体的なアプリケーション例としては、多色刷りの印刷機やロボットなどがあります。これらの機械では複数のモーターが同期しながら動作することが重要です。同期がうまくいかないと、印刷機では色ずれがおきたり、ロボットでは目標位置と操作位置が異なってしまったりすることがおきます。
このように、より高速に、より同期を取れたほうが、オートメーションの品質を上げることにつながる例は多くあります。
どのくらいの厳しさが要求されるかは、アプリケーションによるため簡単にはまとめられませんが、現在のところ、1ミリ秒(0.001秒)以内の通信周期、±1マイクロ秒(100万の1秒)以内の通信時間のブレ(ジッタ)が1つの目安となっています。
EtherCATは高速の通信周期と厳しいDeterminstic性を重視するネットワークです。そのため、EtherCATのラインは基本的にEtherCATのフレームで専有されます。EtherCATのフレームはIPアドレスも、MACアドレスも使用しません。そしてEtherCAT通信を実現するために、専用の通信用CPUが必須となります。
この考えとは対照的に、産業用ネットワークを制御用データだけで占有させない方がいいという考えもあります。
これはオートメーションがより進化し、広がりを見せると、別の形の通信、例えばhttpやftp、pingなどの通信も制御データ通信と同居できるほうが、オートメーションとしてより広がりを持たせることができるようになるという考えです。
この考え方には、これからのオートメーションは従来使われているコントローラーと測定、操作機器以外の構成要素が必要になってくるだろうという予想、または期待があります。
例えば、インターネットのhttp通信を製造現場で流すかもしれない。センサーにしても測定データが4バイト程度でなく、音声、映像などの大容量データがそのまま流れるかもしれない。現在の制御データ通信は基本的には現在値だけの通信ですが、時間の要素を加味したデータ通信が行われるかもしれない。さらには産業用ネットワークでも制御に使われる機器だけでなく、通常のイーサネットにつながる機器(汎用のPCなど)をそのままつなぎ活用したい、などがあります。
ただし、制御データ以外の通信をネットワーク上に流し、混在させることは、制御データの通信周期の向上と同期性の確保に反する要因です。
例えば、EtherNet/IPは、通信を混在させることを許容しているネットワークに思えます。制御データ通信は全てUDP/IP通信を使って実行させます。そのため、EtherNet/IP通信は通常のイーサネットにのる通信とそのまま同居できます。
そして、EtherNet/IPは、専用の通信用CPUを使わなくても、汎用のイーサネットチップとソフトウェアで実装することもできるのです。その結果、特別に厳しいDeterminstic性を求めない大多数のアプリケーションでは制御が十分成り立ちます。
ここで、EtherCATとEtherNet/IPの中間に位置するのがPROFINETとなります。PROFINETのRT通信はソフト的にも実装できるのでEtherNet/IPに近いですし、PROFINETのIRT(Isochronous Real-Time)は専用の通信用CPUを使って帯域制御を行いますので、EtherCATに近いと言えます。
繰り返しますが、本稿はPROFINET、EtherNet/IP、EtherCATのどれが良いネットワークということの説明はしてはいません。ただ、産業用ネットワーク全体がまだ発展途上であると考えてください。
「オープン」ということを考えると、専用のハードは使わず、汎用の部品を使って、通信を実現できる方が「相互運用性、互換性」が高く、良さそうに思えますが、解は単純ではありません。私たちが日常使っている程度のイーサネットの仕様がオートメーションの特定アプリケーションで求められる機能に達していないなら、その機能を補うために、専用の機能、ハードを付加すべきという考えは間違っていません。
つまり、特定のアプリケーションで必要な通信周期、Determinstic性をあるネットワークが提供できないなら、提供できるネットワークを選択すべきですし、いままでの短い制御データだけでなく、大きなデータを送受信したり、汎用のアプリケーションと共存させたりしたいなら、それができるネットワークを選択すべきなのです。
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