詳しい先輩はいなくなる デジタル技術伝承に向けたアプローチとは設備保全DXの現状と課題(2)(2/4 ページ)

» 2025年06月04日 07時00分 公開

技能承継に効果的な施策、工場DXが効果的な部門とは

 当社が行った調査によると製造業の関係者が効果的だと感じる施策は「マニュアルや作業手順書の作成と整備」「新人のレベルに応じた研修プログラムの提供」「伝承プロセスの標準化」などが上位にあがります。

 製造業におけるデジタル活用の効果は相対的に低い評価となっており、デジタル活用が技術伝承に直接役立つ手段である、と先走るのは避けた方がよさそうです。

 ちなみに、保全、生産技術、組み立て/加工、品質の担当業務に分けて集計をしてみると、保全や品質の担当業務では効果的であると感じる割合が多い傾向があります。これから工場DXに取り組む際には、保全部門や品質部門から着手するのも効果的と考えられます。

技術承継を進めるのに必要な施策 技術承継を進めるのに必要な施策[クリックで拡大]出所:八千代ソリューションズ

 技術伝承を推し進めると、現場の微妙な操作のコツや判断基準が伝わりにくいことがあります。また、そのような重要なノウハウこそ、現場の設備の前で音、振動、動作、油の劣化具合などをはじめとした、さまざまなものを五感で学び取っていくことが重要であり、熟練者の時間をどの技術伝承に充てていくかも考えなければならない時代になりつつあります。

 これら背景からも分かる通り、従来の技術伝承の方法では時間が足りず、問題をより複雑にしていると考えられます。

熟練者が持つ技術を伝承する時間を、どのように捻出するか

 熟練技術者が持つ技術は、その技術者本人にとっての人材価値を示す重要指標の1つであり、同時に企業の知的財産としての側面も持ちます。これらの技術を知的財産として継承しなければ、製造工程の効率化や品質保持の劣化、悪化に直結します。

 この問題を解決するためにも、次世代のプロフェッショナルに伝承するための第一歩として熟練者の日々の保全記録をデジタル化し、同時に共有、活用するための環境づくりを一刻も早く軌道に乗せる必要があります。

 デジタルデータで技術伝承を直接的に推進するのだけでなく、技術伝承のための重要な時間を捻出するために、圧縮できる業務プロセスやコストを見極める、という考え方もあるのではないでしょうか。

デジタル化のアプローチ、日常業務のデジタル記録による技術伝承

 技術伝承を進めるための第一歩は、現場での日々の作業記録をデジタル化することからはじまります。具体的には、扱う設備の基本情報、保全計画と実施記録、作業現場における各工程の作業手順/注意点などの特記事項、故障/異常とそれに対する解析/対策の記録、修理などで使用する部品/資材の管理台帳がこれに含まれます。

 ここで、この後も何度も指摘する重要な注意点として、「標準化」を常に意識したデジタル化が挙げられます。具体的には、記録したデジタル情報が後で検索して見つけられること、そして、分析、対策に使えることを想定した構造で記録されている必要がある、ということです。

 例えば、修理部品1つをとっても、メーカー名(片仮名、アルファベット、正式な商号のどれか)、型番(ハイフンの有無)など、あらかじめ決めるべき仕様や表記ルールはたくさんあります。

 紙やExcelを使っている現場で最も時間のかかる課題の1つが、この標準化に足るデータ構造を持たせられるか、です。「私たちはペーパーレスを推進しています」という組織の中には、単なる紙の記録をPDFやExcelに置き換えただけにすぎず、後で探しだす時間を若干短縮するだけで、業務プロセスそのものを改善することは到底不可能な構造で放置されていることもあります。

 近年ではテキストに加えて写真や動画を加えやすくなっており、技術伝承のための選択肢は広がっています。標準化の基礎構造と最新のデジタル技術を組み合わせて活用を積み重ねていくことで、長年使い込んだ道具と同じように手になじみ、知的財産としての価値が高まっていきます。

 また、IoT(モノのインターネット)センサーを活用して記録を蓄積する方法もあります。毎日繰り返し行うことが決まっている記録作業は、積極的に自動化することが重要であると考えられます(繰り返し行うことが決まっている、という点がポイントです)。

 技術伝承において、各技術者が持つ暗黙知を体系的に整理し、デジタルデータとして記録することはとても重要です。

 例えば、定期的な現場でのアドバイスやOJT(オンザジョブトレーニング)、報告会などは積極的に録画で残しておくことをお勧めします。AIの技術・ツールが急速に発達したことで、何時間もの録音データの文字起こしや要約も簡単にできるようになってきました。今後さらにAIが発達することで、前述した標準化の手間も段階的に削減されていくことが期待されます。

 デジタル化を推し進めると、これまで以上に膨大な数のデータを扱うことになります。デジタル化の推進は、これらの手元にあるデータを共有サーバにコピーするような「手作業」も極力排除する必要があります。手作業が多くなるだけヒューマンエラーを起こす確率が高まります。

 工場DXは地域や拠点を超えた活動となることも多いので、統合された専用サーバや、環境構築のコストも抑えられるクラウド環境に自動的に集約されるような運用設計を推奨します。

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