美的集団を大躍進させたDX 2012年から続く長期戦略を解剖する中国メーカーのデジタルプラットフォーム戦略(2)(5/5 ページ)

» 2025年01月31日 07時00分 公開
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部分最適から全体最適にシフトする重要性

 美的集団のもう1つの成功要因は、「全体最適」である。632プロジェクトをきっかけに業務プロセス、データ、システムの一貫性確保を徹底し、社内に乱立していたシステムの整合を進めた。全体最適化によって美的集団は下記の課題を解決し、業務効率の最大化に成功した。

グループレベルの業務管理システムがない

  • 各部署が各部署のマニュアルを持っており、グループおよび事業部門にはエンドツーエンドの業務フローやマニュアルが存在せず、グループレベルの業務プロセスが確立されていない
  • 基本的に各部署の機能を中心に業務が定義され、重複や重複、欠落が発生する。グループの各レイヤーの業務は断片化されており、上流から下流までの業務がつながっていない
  • 業務枠組みや定義基準が一貫していないため、グループや事業部門を跨いで連携できない業務が多い
  • 管理、運用プロセスの間には、大きなギャップがある
  • 各ユニットの業務管理基準が統一されておらず、ばらつきが大きいため、全体の運用効率を評価して最適化することが困難である
  • 各生産工程の工程数が多いため、管理の精度が不均一でコントロールしづらい
  • グループや事業部単位で製品の定義が標準化されておらず、事業運営を整理、監視、評価、最適化することが困難である

人材採用や育成戦略

 美的集団では若手経営者や研究開発人材の増加と「起業家精神」を基にした人材雇用/育成の仕組みにフォーカスしている。現時点では、外部取締役を除く業務執行取締役6人の平均年齢は45歳未満である。中国の上場企業としては極めて異例で、大手上場企業を指揮、運営しているのは、業界の若手新人たちだ。また、統計によると、美的集団は毎年新卒採用者の中、修士号と博士号の取得者が50%を占め、そのうち663人が研究開発人材で40%以上を占めた。

 事業部門レベルは製品開発と先進的な研究開発を担当し、グループ中央研究所レベルは共通技術と将来技術研究を担当している。グローバルな研究開発レイアウトの強化という戦略的支援を受けて、大企業、中堅企業、大学、科学研究機関を含む5つの主要なリソースを統合するグローバルなイノベーションエコシステムを確立し、人材中心の研究開発ネットワークを確立した。一方で、科学者システムを構築し、学者ワークステーションを設置し、ハイエンドの人材と協力してプロジェクトを推進していた。

「企業の発展に役立つ人材1人を放棄するよりも、利益が100万元(約2000万円)ある事業を放棄するほうがマシだ」

 これが、美的集団の人材戦略の中心となる指針で、同社のプロジェクトマネージャーの大部分がこうした考えに基づいた社内トレーニングを受けている。これが他の企業と大きく異なる点だといえる。

 美的集団の人材採用の基準の1つに、「業務に不慣れな人、細かいことが苦手な人、全体の状況に従わない人、部下の育成ができない人、変化が苦手な人を採用しないこと」があると言われている。さらに、美的集団には競争的な起業家精神を育む「社内レース」がある。「プロ経営者」や「事業パートナー」への昇進機会をより多く与える一方で、より多くの責任とリスクを負わせ、より多くの価値を共有する権利を持たせる。「昇進できなければ、退職する(Up or Out)」の採用と雇用の仕組みを確立したのだ。

 加えて、美的集団は厳格な従業員報酬制度を設けている。美的集団の世界的な研究開発戦略と足並みを合わせる形で、ハイエンド人材を引き付ける十分な収入水準を確保している。

 日本の大手製造メーカーが新人を育てる場合は研修を経て、師匠のような先輩社員の元で、3年ほど時間をかけて仕事を覚えるのが一般的だ。特にエンジニア職にこうした傾向がある。しっかりと業務の基礎と伝統的な技術手法を学べるのは利点だが、入社1、2年目はほとんど先輩の手伝いに費やすことになる。新規アイデアが通らず、若手に責任のある仕事、革新的な仕事を回さないケースが多い。やりがいに飢える若手社員にも責任、や裁量権のある仕事を与え、それをしっかり評価できる環境を作るのが急務だと思う。


 次回はスポーツ用品大手の安踏体育用品(ANTA Sports Products)や李寧(Li ning)など、中国スポーツメーカーの製造デジタルプラットフォームを取り上げて紹介しよう。

李 時豪(Adel Li)
首都大学東京(現東京都立大学)、HEC経営大学院(HEC Paris)ダブルマスター卒

日立製作所にて機械エンジニアを経験後、Accenture、Capgiminiでビジネスコンサルタント、セールスとしての経験を積み、製造業を中心にグローバル展開戦略構想策定からハンズオン型の実行支援まで広範なテーマに多数従事する。特に、中国、ヨーロッパ、東南アジアなどにおけるグローバル知見やネットワークが豊富。2022年にHopejets Consultingを創業し、製造業向けの海外進出戦略、グローバルM&A、IT戦略、PLM導入支援やグローバル人材のマッチングを実施している。


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