カシオが作ったモフモフAIロボット 生き物らしい「可愛さ」をどう設計したか小寺信良が見た革新製品の舞台裏(34)(4/4 ページ)

» 2024年12月26日 06時00分 公開
[小寺信良MONOist]
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ペットロボットと現代のメンタルヘルス問題

――ペットロボットって言われるものって、何らかの社会問題を解決するものだと思うんです。そういう長期的な目線でいうと、貴社はこの業界に参入して、何を解決したいと思っていらっしゃるんでしょうか。

市川氏 現在、世界的に分断や多様化、単身化、パーソナライゼーションといった傾向が急速に進んでいます。新型コロナウイルス感染症によるパンデミックも、これらを加速させる一因となりました。

 誰もが日々の暮らしで、常にもやもやを抱えています。人間関係のちょっとしたこととか、家族や友人の何気ない一言、仕事や学校での出来事など、日常生活の中のあらゆる場面でもやっとすることは少なくありません。もやもやが積もり積もって、悩み、落ち込んでしまうこともあります。

――確かに、コロナ前後で一番変わったのって、そこかもしれませんね。

市川氏 地球上の8人に1人が何らかのメンタルヘルス障害を抱えているといわれていまして、心の健康の問題が年々大きくなっています。このメンタルウェルネスの重要性が社会課題として注目されていく中で、自身のもやもやを乗り越えるためのパートナーとしてペットのニーズが世界中で急速に高まっています。

日々の生活の中で感情が動いていく 日々の生活の中で感情が動いていく[クリックして拡大] 出所:Moflin発表会資料より抜粋

 一方でペットは生き物ですから、お迎えするには住居などの生活環境や金銭面、アレルギーなど多くのハードルがあり、誰もが飼えるわけではないのも事実です。こうした背景を踏まえて、カシオ計算機では生き物のような心を持ち、いつでもどこでも飼い主の心を元気にしてくれる相棒として、人と触れ合うことで感情が育つ「AIペットコミュニケーションロボット」がお役に立てるのではないかと考えています。

――これ、取り組む社会問題としては結構大きい話だと思うんですね。貴社としてこうした取り組みは、Moflinで終わりではなく今後も展開していく考えがあるのでしょうか。

二村氏 そうですね。ここから先、どのように取り組んでいくかという具体的なところはまだ検討中ですが、Moflinが第1弾というイメージで取り組んでいます。

――いま、AI技術の進歩も目覚ましいものがあるわけですが、ロボットももう機械的な反応を示すだけではない、そうした領域に踏み込んでいるんだと思います。ペットロボットは将来、どうなっていくとお考えでしょうか。

二村氏 これはメンタル・レジリエンス(精神的弾力性)の話になりますが、人間とのコミュニケーションによる「いやし」で本当に癒されるかというと、実はなかなか難しい面もあるのです。

 一方で、ペットの場合、「相手がこのように考えている/感じているんじゃないか」という自分の想像を織り込んだ上でコミュニケーションを取りますよね。つまり、コミュニケーションが自身の想像上で済んでいる部分もあり、これが癒されるっていう効果につながっているのではないかと思っています。

 ペットロボットの将来をどう考えるかというと、生き物が学習する、成長するという要素をどう表現していくか、というところが1つポイントになるでしょう。それをうまく実現しようとすると、どうしてもAIの存在が大きいものとなります。

 Moflinでも、ことさらAI、AIとアピールしたいわけではないのですが、理想を突き詰めていくと、今後もAIをどのように実装するかが重要になるのだと思っています。


 産業ロボット、軍用ロボット、ドローンなど、自律的に動いているように見えるロボットはたくさんあるが、これは直前の情報に対して反応を返しているだけで、実際には初期にプログラミングされたルール通りに動く、他律的動作である。

 一方人間を含め動物全般は最初から自律的に動いており、これは直前に得た情報だけでなく、過去の経験も情報化して、総合的な判断で動いている。ペットロボットに求められるのは、ある意味この経験によって反応が多彩に変化するという、半自律的な動作であろう。これはとりもなおさず、思い通りにならないということでもある。

 購入した電気製品が思い通りに動かないというのも変な話なのだが、その理由は二村さんのおっしゃるように「自分の想像がコミュニケーションの中に入っている」から、ということだろう。つまり自分の思いを仮託するための受容体なわけである。思い通りにならないからこそ、次のコミュニケーションを生む。思い通りになったら、コミュニケーションはそこで終わりである。

 「かわいい」という感情や表現は、文化人類学においてはよく研究されているテーマではあるが、メカトロニクスやロボティクスの分野では、まだまだ研究の余地がある。

 かわいいだけならぬいぐるみで十分だが、ペットロボットに課せられた課題は、それをどのように自然な形で人間への「いやし」に転換できるかというところにある。ペットロボットは、いつかペットを超えるのか。あるいは、ペットとは別の新しいパートナーになるのか。

 過去日本のアニメには大量のロボットが登場してきたが、カシオ計算機の参入でわれわれがパートナーと呼べる存在まで、また一歩近づいたといえるのかもしれない。

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筆者紹介

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小寺信良(こでら のぶよし)

映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手掛けたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。

Twitterアカウントは@Nob_Kodera

近著:「USTREAMがメディアを変える」(ちくま新書)


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