新時代迎えた「紙の写真」 20年間愛され続けるキヤノンのフォトプリンタの歴史小寺信良が見た革新製品の舞台裏(32)(1/5 ページ)

キヤノンのミニフォトプリンタ「SELPHY」が2024年で20周年を迎えた。コンパクトデジカメの隆盛や写メ、スマホ時代を経てなお「紙の写真」が作れるデバイスとして愛され続けてきた同製品シリーズ。その秘密は何なのか。同社の開発者に尋ねてみた。

» 2024年07月31日 07時00分 公開
[小寺信良MONOist]

 キヤノンのミニフォトプリンタ「SELPHY(セルフィー)」をご存じだろうか。手のひらサイズの写真専用プリンタで、デジタルカメラやスマホから簡単に写真をプリントできる。

 いわゆる自撮りという意味で「セルフィー」という言葉が使われ始めたのはちょうど10年前、2014年頃といわれている。だが、キヤノンはそこからさらに10年前にすでに「セルフィー」の名を冠した製品を出していたのだ。その先進性には舌を巻く。

 そんなキヤノンのSELPHYも2024年で20周年を迎えた。プリクラブームによるシール文化からコンパクトデジカメの隆盛、写メ、スマホ時代を経てもなお、「紙の写真」が作れる機器として生き抜いてきた。ブランドとして販売した製品はトータル31機種で、累計販売台数は1700万台を越える。

 今回はそんなSELPHYの事業を長く見てきた、同社イメージング事業本部 IMG第一事業部の牛谷啓二氏と、開発を担当する同社 イメージング事業本部 IMG開発統括部門の鈴木勝基氏にお話を聞き、SELPHYが今もなお愛され続ける秘密を伺っていく。

IMG開発統括部門の鈴木勝基氏(左)、IMG第一事業部の牛谷啓二氏(右) IMG開発統括部門の鈴木勝基氏(左)、IMG第一事業部の牛谷啓二氏(右)

「カメラの専門部隊」が作る意味

――20周年ということで、まずは時代に沿ってお話を伺っていくのがいいかなと思います。SELPHYという商品が生まれたのは、2004年の「CP400」と「CP500」ということになりますけど、実はその前の2001年にカードフォトプリンタの「CP-10」という商品を出していますね。

牛谷啓二氏(牛谷氏) CP-10が出た頃は、コンパクトデジタルカメラ「IXY Digital」が登場した時期とちょうど重なっています。コンパクトデジカメがあるなら、一緒に家庭用フォトプリンタがあってもいいよね、という話の中で生まれた商品でした。当時は「まずやってみよう」ということで始めたので、ブランド化といった発想には至っていませんでした。

 デジタルカメラ自体がそれほど主流になっていない時代でしたから、フォトプリンタがどれだけ伸びていくかも分かりませんでした。今振り返ると、最初からブランド名を付けておけばよかった、という思いもありますね。

――それでブランディングし始めたのがCP400とCP500から、ということになるわけですね。これ、製品の説明文には「カードフォトプリンタ」と書いてありますけど、カードというのはいわゆるL版という意味なんでしょうか。

牛谷氏 いえ、名刺くらいの小さなサイズですね。

SELPHYの名前がついた初号機「CP400」(手前)と「CP500」(奥)(2004年発売) SELPHYの名前がついた初号機「CP400」(手前)と「CP500」(奥)(2004年発売)[クリックして拡大]

――ああ、L版よりちっちゃいんですね。当時はまだフィルムのカメラも現役だったので、写真と言えばL版というイメージも強かったのではと思うんですが。当時、コンパクトデジカメの市場が成長していく中で、「写真はやはり紙で見たい」というニーズにどう応えていったんでしょうか。

牛谷氏 当時はまだ写真といえば銀塩写真で、ラボでプリントする紙焼きの方式が一般的でした。そこにデジタルカメラが登場して、どう出力して楽しめばいいんだろう、と悩むお客さまも当然いらっしゃいました。

 当社はカメラを扱っていますので、その関係で「こんなプリンタがあったらいいのにな」という話をカメラユーザーのお客さまからいただき、それに応える形でフォトプリンタを作り始めた、という側面もあります。

――デジタルとはいえ紙焼きを諦めなかった、そうしたカルチャーみたいなものが貴社の中にはずっとあったわけですか。

牛谷氏 やはり写真は撮ることはもちろんですが、撮った写真を出力して、飾って、あるいは人にあげて楽しむ、モノとして残していくことも大事な楽しみ方です。写真文化ってそういうものだなと、キヤノンは考えながらずっと商品企画や開発に取り組んできました。

 この辺りに、プリンタ商品の部隊ではなく、私たちカメラ商品の部隊がSELPHYを手掛けている意義があると思っています。写真の楽しみ方やユーザーのニーズが分かるのは、やはりカメラに関わっている自分たちだ、という考え方ですね。

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