洋上で使う機器には、屋外利用で必須の耐衝撃や防水に加えて、海洋という特殊環境を考慮した耐久性が求められる。特に注意しなければならないのは、付着した海水の塩分が結晶化したり、海水に含まれていたプランクトンなどの海棲微生物が成長したりすることで防水パッキンにスキマが生じるなど堅牢性が劣化する可能性だ。ちなみに、高耐久のスマートフォンとして知られる京セラのTORQUEシリーズでは「耐腐食性能」「異物のかみ込み」「より深い水深での耐水」を耐海水の条件として挙げている。
一方のStarlink Business マリタイムプランで指定しているFHPアンテナでは「耐環境性」として「IP56」を掲げる他、「耐風性」として「耐久性:時速280km以上」(気象庁が使う風速でいうと秒速75mに相当。ちなみにビューフォート風力階級表で最大階級となる風力12は秒速32m以上とされている)と掲げるのみで、耐海水を想定して仕様は挙げていない。高緯度海域では着氷も深刻(付着した波しぶきが氷となって動作不良はもちろんのこと氷の重さによる復元性悪化を引き起こす)だが、「融雪機能」として「最大75mm/時」と記載はあるものの着氷については不明だ。
なお、KDDIとしては、これら堅牢性に関する仕様については「スペースXの公開情報が全て」というスタンスだ。そのため、Starlink Business マリタイムプランユーザー向けに耐海水を含めて堅牢性に関する情報を独自に調査提示することはないとしている。「海水に対する耐久性や風、振動に関することについてはユーザーから質問をいただくが、海棲微生物については、数カ月におよぶ試験搭載においても特段問題はなく、漁船のユーザーも含めて質問をいただいたことがない」(山下氏)。
Starlink Business マリタイムプランの開始当初、利用エリアは「日本の領海内」と定められていた。日本は北端を択捉島、東端を南鳥島、南端を沖ノ鳥島、西端を与那国島としているので広大なエリアを有するように思えてしまうが、領海となると、その該当するエリアは意外と限られている。法的には「基線からその外側12海里(約22km)の線までの海域」(基線とは海岸の低潮線、湾口もしくは湾内等に引かれる直線)を指す。先ほど挙げた日本の東西南北端内側の海域のほとんどは「排他的経済水域」(日本の領土にひも付く基線から、いずれの点を取っても基線上の最も近い点からの距離が200海里である線)もしくは「接続水域」(領海の基線からその外側24海里の線までの領海を除く海域)が占めるが、それらの海域、言い換えれば日本の東西南北端で結んだ“矩形”の海域のほとんどを排他的経済水域が占めている。
先に述べたように領海は基線から12海里にとどまる。これは意外と“連続していない”。関東の近場でいうと、伊豆諸島から八丈島に向かう航路でも途中4海里ほど領海から出てしまう。海図では領海の内外を区切る線が記載されているが実際の海にはそういう線が表示されているわけもなく、Starlinkにも日本の領海を出たら使用できなくする仕掛けがあるわけでもない。となると、領海を出入りするタイミングでユーザー側がシステムをオンオフする必要が出てくる。洋上の運用において現実的ではない。
このことは日本近海で船舶を運航している海運会社だけでなく電波法を管轄する総務省でも認識している。実際にStarlinkの海上利用制限に関する電波法関係審査基準の一部を改正する訓令案を示して、2023年12月26日〜2024年1月29日の期間パブリックコメントを募集し、その結果を取りまとめて2024年2月9日に電波法関係審査基準の一部を改正した。
この改正では、それまでStarlinkの「無線設備の常置場所等」において「携帯移動地球局」の「移動範囲」として、改正前は「当該電気通信事業者の業務区域内であり、かつ、船舶(日本の領海に限る。)又は航空機(日本の領空に限る。)に搭載する場合であること」と“日本の領海”“日本の領空”としていたものを、改正後の条文では“日本の領海”“日本の領空”を削除し、かつ、新たに「本邦外で通信を行うものにあっては、外国の無線局等への有害な混信を防止するための措置を講ずるものであること」という条文を加えることで、Starlinkを領海外でも法的に利用できるようになった。
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