こうした課題を踏まえて、オムロンでは「過去のモデルの蓄積と流用による上流での熱検討」「熱シミュレーションモデルの標準化」「新規部品のモデル化」という3つの取り組みが推進されている。
過去のモデルの流用は同一の商品群を対象に現場主導で行うが、精度の低いモデルを使い回さないように1つの開発テーマが終わるごとに見直すプロセスが不可欠だ。熱シミュレーションモデルの標準化は、技術・知財本部のある本社が主導する。オムロンが取り扱う商品は幅広いが、部品レベルで複数の事業部で横断的に使える状態になれば会社全体の強みになると見込んでいる。
新規部品のモデル化も本社主導で推進する。放熱技術自体は急激な進化はないものの、「社内でまだ使っていない部分ややっていない方法が多々あるので、開発でシミュレーションしたいときにすぐ使えるように、新しい部品のモデルを事前に用意しておく」(蜂谷氏)という狙いがある。
過去のモデルを蓄積し、別の開発で再利用していくには、1つの開発テーマの終わりに必ずコリレーション(実測温度に対してシミュレーション温度を合わせる調整)のプロセスを入れることが重要だという。これにより、精度を確保したモデルを蓄積していけば、後々の開発での予測精度の向上と、モデリング時間の短縮に貢献する。
具体的には、設計と初期検討シミュレーション→試作評価とシミュレーション→最終評価からコリレーションへとステップを踏み、別の設計での初期検討シミュレーションにまた再利用する。「現場でこのサイクルを回すのが難しければ、本社が入り込んで回していく。再利用できれば、初期検討のシミュレーションの精度が向上し、試作評価では大きな問題が起こらず、試作評価のシミュレーションもほぼやらなくて済む」(蜂谷氏)。
前の開発テーマのモデルを再利用することで、シミュレーションの活用スピードやレベルがアップした例が既にある。ある商品群では、2008年から熱シミュレーションの活用が定着。モデルの再利用を進めることで、熱起因の設計の後戻りはゼロになったという。
オムロンの社内には「売り上げの大半を占めるような商品がない」(蜂谷氏)。商品数は20万点以上で、コンシューマー向けからFA、インフラまで領域も要求される保証期間もさまざまだ。それぞれの事業部が他社よりもよいものを効率よく開発し、各事業部の強みを全社の強みに広げていくことをオムロンとしての競争力にしたい考えだ。
熱シミュレーションモデルの標準化でこうした狙いを実現するには、さまざまな事業部が技術的に連携することが鍵を握る。蜂谷氏が所属する技術・知財本部のある本社がセンターオブエクセレンスとして、各事業部のハブ役になった。本社が事業部を指導し支援する、という形はとらなかった。
ハブ役の本社を中心に各事業部が連携することで標準化を進めていくという分かりやすい体制だが、「管理職を集めるのではなく、各所から技術のキーマンを出してもらうことが重要だった」と蜂谷氏は振り返る。
技術のキーマンとなる人々は、自身の事業部で既に教える側になっていることが多いという。「(熱シミュレーションモデルの標準化のために)新しい場所に呼ばれて、また教える側になるのは面倒と思う人も少なくない。キーマンが集まるうれしさを大切にし、知見が得られ、チャレンジがあるなど魅力のある有識者コミュニティーとしていくことを目指した」(蜂谷氏)。
有識者コミュニティーを立ち上げるとともに、予測精度やモデリング時間、人材育成の課題を解決する7つのアクションを定義した。
モデルの標準化に必要な温度計測や教育でIDAJが協力した。
アクションの1つであるモデルのデータベースの構築では、有識者コミュニティーが部品モデルの標準化を推進し、社内のCAEポータルサイトを通じてモデルを共有できるようにした。現場のCAE活用の課題を起点とし、事業部と協力してCAEポータルサイトの整備を進めた。「ノウハウのデータベース化に関しては過去に失敗がある。使う側にいかに寄り添えるかが大事だった。キーマンに使いやすさについて意見をもらって、すぐに使える状態に組み立てていった」(蜂谷氏)。
新規部品のモデル化は、会社としての商品のロードマップと、それに連動した放熱技術のロードマップを作成することから始めた。ロードマップを踏まえて必要とされる新規のモデルや手法を抽出し、計画的にモデルや手法をストックすることとした。
現場でモデルを活用するには、スピードと精度を両立することが重要だという。「解析の専任者はモデルを作り込んで精度のよいものを作りたくなるが、いかにうまく効率よくモデルを作るかを重視した」(蜂谷氏)
開発期間の短縮が求められる中で熱シミュレーションを現場で活用するには、活用のための要件を明確にしなければならない。何を評価したいのか、何があれば設計の判断ができるか、そのためにどの程度の精度が必要かを定義したという。要件を明確化した上で、実験を踏まえて対象の部品の内部で起きる現象を把握し、費用対効果を考慮して必要最低限の再現が可能なモデル化を行っている。
ヒートパイプ(液体が気体になるときに熱を吸収し、気体が液体になるときに熱を放出する性質を利用して、ある場所の熱を離れた場所に移動させる。金属のパイプに作動液が封入されている)を例にすると、解析結果として得たいものは、熱輸送特性=熱の伝わりやすさ、Qmax=最大熱輸送量、設置方向=トップ/ボトムヒートといった項目だ。ヒートパイプの内部で起きている現象としては、蒸発と凝縮=作動液の状態変化、圧力損失=蒸気と管の摩擦、毛細管現象=作動液の循環がある。これらに影響する要素は作動液の種類と量、焼結やワイヤといったウィック(毛細管)の種類などがある。
ヒートパイプで起きる現象を把握するため、実験環境を用意して熱を評価した。角度や作動液などまで細かく評価することで、要件や現象の因果関係を把握。それを踏まえて、最低限の再現ができるモデルを用意した。「シミュレーション結果を設計で判断できるような使い方にした。熱伝導率を基に他のタイプのヒートパイプにも一定の精度で解析に使えることも確認した」(蜂谷氏)。
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