「1Dモデリング」に関する連載。連載第22回は「炊飯器のモデリング(その1)」として、まずお米に着目し、おいしいご飯ができるプロセス、お米をおいしく炊く経験的方法、お米の構造について農学の知見を学習し、これを受けてお米のモデリングならびにお米を炊く装置(炊飯器)の仕様を考える。
「炊飯器」は“お米”を“ご飯”に変換する装置である。炊飯器自体は工学の世界であるが、実は炊飯器の主人公はお米である。お米は稲の種子で稲作自体は日本では縄文時代から行われているといわれている。工学では金属などの工業材料を用いるが、稲は自然の中で育まれるお米の原材料で農学の範囲に入る。すなわち、炊飯器はある意味、農学と工学の融合製品ということができる。炊飯器のモデリング(その1)として、今回はお米に着目し、おいしいご飯ができるプロセス、お米をおいしく炊く経験的方法、お米の構造について農学の知見を学習し、これを受けてお米のモデリングならびにお米を炊く装置(炊飯器)の仕様を考える。
お米を炊いておいしいご飯を作るには、原材料であるお米とこれを炊くための装置が必要である。装置自体は自然に存在する鉱石などの原材料を精練し、加工して作る。これは工学の世界である。一方、お米は稲という植物を育て、この種子であるお米を収穫、精米して作る。このお米を装置を用いて炊くことでおいしいご飯ができる。図1に示すように、“お米が主役”で“装置は手段”といえる。おいしいご飯を作るには適切な装置ばかりではなく、お米に合った炊飯方法があるものと推察される。このためには主役であるお米をよく知っておく必要がある。
“お米を炊く”という行為は江戸時代にも行われていたようである。当時は、現在のような炊飯器ではなく、かまどで鉄製の釜を用いてお米を炊いていた。そして、当時培われてきた経験的知識は「はじめちょろちょろ、中ぱっぱ、じゅうじゅう吹いたら火をひいて、ひと握りのワラ燃やし、赤子泣いてもふた取るな」というフレーズで現代に継承されている。そこで、炊飯器のモデリングではこの経験的知識を起点に考えることにする。このフレーズは以下のように解釈できる。
この様子を絵にしたのが図2である。お米の種類、銘柄によって細かい手順は異なるが、基本的には、お米を“水分を均一に含んだご飯”に炊き上げるためのものである。最初、水とお米が上下に分離していたものが、加熱に伴う水の撹拌(かくはん)とともにお米に水分が吸収され、最終的には、釜の水分は全てお米に吸収されてそれ以外の余分な水分は蒸気となって放出される。
図3に、おいしいご飯が炊き上がるときの釜の内部の様子を示す(参考文献[1])。炊飯前に、お米と水を一緒にし、一定時間置いてお米に水を一定量浸透させる。図3左は炊飯直前の状態である。下部にはお米と水が、上部には水のみが存在する。図中の「米粒A」という特定の米粒に注目し、これが炊飯とともにどうなっていくかを見ることにする。
図3中央は炊飯途中のものである。釜内の水は通常下部から加熱され、上方向に対流で移動し、最終的には蒸気となって下から上に貫通する。このとき、加熱が不十分であると水の流れは途中で止まってしまい、お米を一様に炊くことができない。注目すべきは米粒Aの位置で、図に示すようにその位置は変化せず、水(蒸気)の流れで若干回転するのみである。
図3右は炊飯完了時の状態である。炊き上がった米粒Aはそのかさが増えるとともに、蒸気の勢いでお米が立っている。すなわち、“お米が立つ”という現象はおいしいご飯ができたという証拠といえる。また、出来上がったご飯には蒸気が貫通した穴が見られる。もう少し専門的にいうと、お米のデンプンと水を加熱することにより、デンプン分子が規則性を失い、のり状になることを糊化(こか/α化)と呼び、これが“お米を炊く”ということである。なお、本検討以前は炊飯時にはお米と水が一体となり、熱対流しながらご飯が炊き上がると考えていたが、これは間違いであることが分かった。
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