以前、筆者が関わったベンチャー企業は、大学の研究室とコラボレーションして研究成果を製品化しようとしていた。筆者がその企業を訪問して担当者に会ったときには、既に設計は全て完了し、量産部品もほぼ出来上がっていた。
担当者に現在の困りごとを尋ねたところ、部品コストの合計が高くなり過ぎてしまったのだという。詳しく聞くと「合計の部品コストが20万円になってしまい、想定していた25万円の販売価格で市場に出してしまうと、売れば売るほど損をしてしまう」というのだ。
一般的、部品コストの合計は販売価格の30〜40%くらいが適切であるが、このケースでは大幅にこれを超えてしまっている。筆者が「目標の部品コストの合計は、いくらだったのですか?」と聞いたところ、「どんな設計になるか分からなかったので、目標のコストは決めていなかった」との回答であった。
さらに、「いつ見積もりを取ったのですか?」と聞いたところ、「試作検討を全て終えた最終図面で量産部品の見積もりを取った」「製品化が進むにつれてターゲットユーザーが見えてきて、競合製品との関係から25万円を販売価格とした」とのことであった。
製品の企画時にターゲットユーザーを想定しておらず、そこから展開される目標の販売価格と合計部品コストを決めずに設計を進めた結果、このような事態に陥ってしまったのである。
アントレプレナー(起業家)の存在はとても重要である。製品化には、開発費や金型費などの先行投資が必要であるが、技術を持つ設計者が起業して製品を作ろうとしても、設計はできても資金を集めることが苦手だからだ。一方、アントレプレナーは、設計はできないが資金を集めることに長けている。この両輪を作ることは、アントレプレナーの大切な役割の一つである。ソニーもホンダも、この両輪がうまく機能して今の大きな企業に成長してきた。
しかし、アントレプレナーの中には、ターゲットユーザーを想定していないのみならず、どのような製品を作って、ユーザーにどのようなメリットを提供したいかという志さえもなく、「自社の株価を上げたい」「何かで成功したい」という欲が前面に出過ぎている人もいる。これでは、協力者は得られない。
世の中には、ターゲットユーザーを決めずに、技術先行で設計を進めて生産まで行い、後付けでターゲットユーザーを決めることによって成功した製品もある。「カップヌードル」はその典型的な例だ。
昔、日清食品は「出前一丁」などの即席ラーメンで人気を博していた。市場開拓のため、欧米にこの即席ラーメンを持って行ったところ、どんぶりとお箸がなかったため紙コップとフォークで食べることになり、それが欧米人から気に入られたのだ。この体験をきっかけに、創業者の安藤百福は「カップヌードル」を開発することになった。しかし、熱湯を入れても熱くなりにくいカップや3分間でふやける麺の開発など技術的なハードルは高く、数年を要することになる。こうした開発努力の末、「カップヌードル」が誕生したのである。
当時、この高い技術を結集した「カップヌードル」が売れないはずはないと安藤百福は確信していた。しかし、全く売れなかったのだ。その理由を、妻の安藤仁子は考えに考え抜き、その結果、あることに気が付く。それは、ターゲットユーザーがいないことであった。誰に販売して、その人たちにどのようなメリットを提供したいのかという考えは全くなく、単に熱くなりにくいカップと3分間でふやける麺という優れた技術を販売しようとしていたことに気が付いたのだ。それから、百福と仁子はターゲットユーザーと提供するメリットを考え、世界中で愛され続ける「カップヌードル」のヒットにつなげることに成功したのであった。
このターゲットユーザーと提供するメリットを考えることは、製品化においてとても重要である。これらを次回の連載で詳しくお伝えする。 (次回へ続く)
オリジナル製品化/中国モノづくり支援
ロジカル・エンジニアリング 代表
小田淳(おだ あつし)
上智大学 機械工学科卒業。ソニーに29年間在籍し、モニターやプロジェクターの製品化設計を行う。最後は中国に駐在し、現地で部品と製品の製造を行う。「材料費が高くて売っても損する」「ユーザーに届いた製品が壊れていた」などのように、試作品はできたが販売できる製品ができないベンチャー企業が多くある。また、製品化はできたが、社内に設計・品質システムがなく、効率よく製品化できない企業もある。一方で、モノづくりの一流企業であっても、中国などの海外ではトラブルや不良品を多く発生させている現状がある。その原因は、中国人の国民性による仕事の仕方を理解せず、「あうんの呼吸」に頼った日本独特の仕事の仕方をそのまま中国に持ち込んでしまっているからである。日本の貿易輸出の85%を担う日本の製造業が世界のトップランナーであり続けるためには、これらのような現状を改善し世界で一目置かれる優れたエンジニアが必要であると考え、研修やコンサルティング、講演、執筆活動を行う。
◆ロジカル・エンジニアリング Webサイト ⇒ https://roji.global/
◆著書
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