ツェナーダイオードを使って物理乱数を生成する注目デバイスで組み込み開発をアップグレード(13)(1/2 ページ)

注目デバイスの活用で組み込み開発の幅を広げることが狙いの本連載。第12回は、物理現象を基にした「物理乱数」を、ツェナーダイオードのノイズから生成してみる。

» 2023年06月12日 07時00分 公開
[今岡通博MONOist]

はじめに

 昨今の情報通信技術において暗号は最も重要な技術の一つといえるでしょう。暗号化を行う際には乱数を利用するのが一般的です。現状で乱数の多くは、コンピュータがあるアルゴリズムに基づいて生成しており、これらは疑似乱数と呼ばれています。

 疑似乱数では、初期値(シーズ)とアルゴリズムが同じであれば、同じ乱数が生成されます。攻撃者にこのことが見破られれば容易に暗号も解読されてしまうのです。そこで本稿では、コンピュータが生成する疑似乱数とは異なり、物理現象を基に乱数を生成する「物理乱数」について、実験などから得られた筆者の所見を共有してみたいと思います。

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ツェナーダイオードによる乱数生成

 本稿ではツェナーダイオード(Zener Diode)という半導体素子を用います。このダイオードに一定の条件で電圧を加えるとある種のノイズが発生します。そこでまずは、このノイズの正体を明らかにするためにアバランシェ降伏とトンネル効果にについて説明しましょう。

※)参考記事:OKAWA Electric Design「ツェナーダイオード」「ツェナーダイオードとノイズ

アバランシェ降伏

 アバランシェ効果は電子なだれともいわれる現象で、ツェナーダイオードのカソードをプラス、アノードをマイナスとし、ある一定以上の電位を加えるとノイズ発生を伴うこの現象が起こります。ノイズはツェナーダイオードのアノード、カソード間で観測できます。筆者はクリスタルイヤフォン(セラミックイヤフォン)のような高インピーダンスのデバイスを用いてこのノイズを耳で観測しました。

 今回の実験では、ツェナーダイオードは電圧レギュレーター アソート 9.1V(Voltage Regulator Assort 9.1V)のものを使用しています。徐々に印加電圧を上げていくとこの電圧レギュレーション9.1Vを少し下回る、8V後半あたりからノイズを確認できます。その後しばらく電圧を15V近辺まで上げていってもこのノイズは持続しますし、音量も変化しなさそうです。

 アバランシェ降伏によって生成されるノイズが優勢になるのは、この電圧レギュレーション9.1Vを超えたあたりからといわれています。アバランシェ降伏はツェナーダイオードに限ったことではなく、同じくPN接合のダイオードやNPN接合のトランジスタなどで条件が整えば起こる現象のようです。筆者は、NPN接続のトランジスタ「2SC1213」のエミッターにプラスの電位、ベースにマイナスの電位を印加して確認しました。電圧を調整できる実験用電源を使うのであれば徐々に電圧を上げていって、8Vを超えたあたりからノイズが聞こえてきました。この場合も先ほどと同じくクリスタイヤフォンをベースとエミッター間に当てています。

 また、出力電流を調整できる実験用電源などであれば、出力電流は最低限に絞ってください。エミッターにはほんのわずかな電流しか流れません。なお、トランジスタもツェナーダイオードと同様、それ以上電圧をあげてもノイズの音量にはほとんど影響はありませんでした。

トンネル効果

 トンネル効果はツェナーダイオードなどにみられる特有の現象です。今話題の量子力学に基づく現象のようですが、ここでは理論的な説明は割愛します。詳細は、先に挙げた参考記事を参照してください。

 ここでは、トンネル効果の発生する条件として、ツェナーダイオードに印加する電圧について述べておきます。上記の参考記事では、レギュレーション電圧を境に低電圧側でトンネル効果によるノイズ生成の活動が優勢となり、高電圧側になるとアバランシェ降伏が優勢になるとしています。

生成ノイズの観測

 図1は、ツェナーダイオードに逆電圧を印加して、そのノイズを観測している様子です。

図1 ツェナーダイオードに逆電圧を印加してノイズを観測する様子 図1 ツェナーダイオードに逆電圧を印加してノイズを観測する様子[クリックで拡大]

 電流はさほど流れませんのでプラス電源からカソードまでの抵抗値は数百k〜1MΩの間の値で結構です。ノイズの観測にはクリスタルイヤフォンを用います。クリスタルイヤフォンはカソードとアノードに接続します。

 電源は電池ボックスに乾電池を8個入れて12Vを作ります。状況によっては、乾電池を1個外して、その代わりに電流が過剰に流れないようにポリスイッチまたはリセッタブルフューズを挟む場合もあります。この場合の供給電圧は10.5Vとなります。

 なぜ乾電池を使うかというと、たとえ安定化電源であっても電源由来のノイズが混入するので、観測する対象の出力電圧が小さい場合は乾電池などの電灯線から切り離された電源を使うのが無難だからです。また、同じバッテリーといってもモバイルバッテリーを使うことはお勧めしません。モバイルバッテリーでは、リチウムイオン電池の出力電圧3.6VをDC-DCコンバーターで5Vに昇圧しています。このDC-DCコンバーターでは、高い周波数のパルスを生成してコイルで昇圧したのち整流してから5Vの直流電圧を生成しています。この過程で生じるDC-DCコンバーター内部の高周波パルスに影響されたノイズが混入する恐れがあるのです。

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