設計者とデザイナーの対立はあるか?設計者のためのインダストリアルデザイン入門(1)(2/2 ページ)

» 2023年01月10日 09時00分 公開
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設計者とデザイナーの対立を解消する方法

 設計者とデザイナーの対立を解消する方法はいくつか考えられますが、ここでは2つのアプローチを紹介します。一つは「事業要件に立ち返る」こと、もう一つは、設計者であればデザイナーの、デザイナーであれば設計者の「相手方本来の要望を推察する」ことによる“対話”の活用です。

 「事業要件に立ち返る」ことによる対話では、論点に関する両者の主張の基になる事業要件(売上目標、市場シェア、開発計画など)に立ち返り、両者共通の評価指標で議論を進めます。例えば、事例の論点では白/黒のカラバリを用意することによる販売効果(どの程度の売上拡大が見込めるのか)、または用意しないことによる販売リスク(どの程度の機会損失があるのか)について具体的に言及する必要があります。

 ただ、ほとんどの場合、デザイナーからの提案時点では、カラバリを設けることによる販売効果が定量的に分析されていることはありません。従って、設計者から製造に関する懸念事項が出てきた時点で、“販売効果の定量化”の議論が必要であると両者は認識し、共同で検討することになります。少し話がそれてしまうため、定量化の具体的なロジックについては割愛しますが、これらの検討には少なくとも販売国別の売上構成や在庫リスクに関する検証が必要になります。

設計者であれば、デザイナーがなぜその要望を出してきたのか、その背景を推察した上で要望に対する返答を検討する必要がある 設計者であれば、デザイナーがなぜその要望を出してきたのか、その背景を推察した上で要望に対する返答を検討する必要がある[クリックで拡大](画像:iStock/Chaosamran_Studio)

 「相手方本来の要望を推察する」ことによる対話では、設計者の立場であれば、他方のデザイナーがなぜその要望を出してきたのかについて、その背景を推察した上で、要望に対する返答を検討します。事例の論点では、市場のどのような期待値に対してカラバリが必要とされているのかを推察します。

 例えば、カラバリを設ける理由が、顧客が好きな色を選べるという体験による差別化である場合は、白/黒の組み合わせ以外、または一部の部品のみにカラバリを持たせる提案を設計からすることができます。しかし、日本市場では清潔感のある白が、米国市場では堅牢(けんろう)な印象である黒が主流であるといったように、色そのものが意味を持つ場合、この選択肢をとることが難しくなります。このように、同じカラバリを設けて市場を広げるという要望でも、それに応じる施策は背景によってさまざまだといえます。従って、表層的な要望だけでなくその本質を推察する、またはデザイナーに問い掛けることが対立を生まないことに寄与します。

設計者とデザイナーのより高度な協業の可能性

設計者であれば、設計とデザインの接点になり得る領域におけるデザインの専門性を身に付けることで、デザイナーとのより高度な協業が可能になる 設計者であれば、設計とデザインの接点になり得る領域におけるデザインの専門性を身に付けることで、デザイナーとのより高度な協業が可能になる[クリックで拡大](画像:iStock/PRImageFactory)

 対立を解消するだけにとどまらず、設計者とデザイナーの協業をより高度化する方法があります。それは“他方の専門性を獲得する”ことであり、もし読者の皆さんが設計者であれば、デザインの知識や技術を身に付けることです。とはいえ、デザイナーが持ち得る全ての専門性を獲得する必要はなく、あくまでも設計とデザインの接点になり得る領域におけるデザインの専門性を身に付ければよいと考えます。

 構造設計とデザインの接点を例にすると、「使用環境」「ユーザビリティ」「造形(モデリング)」「表面処理」などが両者の接点として挙げられます。これらの項目に関しては、設計者とデザイナーそれぞれが業務を担っているものの、観点や優先度はおのおの存在します。例えば、同じ3D CADを使用する機械設計者とインダストリアルデザイナーでも、モデリングにおけるポリシー(モデリング手順や形状ポリシーなど)は異なっており、特に汎用(はんよう)拡張子でデータ連携され、モデリング履歴が残されていない場合においては、お互いの知見が共有されていないことがほとんどです。

 設計者の立場で獲得すべきデザイナーの専門性の具体的な内容については、次回以降に解説します。 (次回へ続く

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Profile:

菅野 秀(かんの しゅう)
株式会社346 創業者/共同代表

株式会社リコー、WHILL株式会社、アクセンチュア株式会社を経て、株式会社346を創業。これまで、電動車椅子をはじめとする医療機器、福祉用具、日用品などの製品開発および、製造/SCM領域のコンサルティング業務に従事。受賞歴:2020年/2015年度 グッドデザイン大賞(内閣総理大臣賞)、2021年/2017年度 グッドデザイン賞、2022年 全国発明表彰 日本経済団体連合会会長賞、2018 Red dot Award best of best、他

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