製品開発に従事する設計者を対象に、インダストリアルデザインの活用メリットと実践的な活用方法を学ぶ連載。今回から“設計者が学ぶべきデザイン基礎知識”として「かたち」をテーマに取り上げる。まずは「かたちの比率」について解説する。
製品開発の現場で設計者とデザイナーの協業を高度化するためには、お互いの理解を深めることが重要です。そして、もし皆さんが設計者であるならば、デザインの知識や技術を学び、それらを身に付けることがデザイナーの理解を深めることへの最も効果的な手段の一つといえます。
設計者の方であれば、デザイナーとのコミュニケーションの中で、「そんな些末(さまつ)な部分に設計時間を奪わないでほしい」「いまさらコストが上がるようなことを言わないでほしい」「定量的なメリットが分からないのでやる意図が見いだせない」など、デザイナーに対して反発心を抱いたことがある人は少なくないように思います。
しかし、デザイナーは決して設計者の開発行為を邪魔したいわけではなく、デザイナーという立場で良い製品にするための合理的な判断をして、製品仕様を提示しています。そして、この合理的な判断はデザインの知識や技術に基づきます。
つまり、設計者がデザインの知識や技術を知り、デザイナーの判断をつかさどる思考方法の一部でも理解できれば、設計者は自身の責務や作業効率を侵さないまま、先に挙げたデザイナーへの不要な反発的感情を和らげることができる可能性があります。あるいは、もしそのプロジェクトにデザイナーがいないのであれば、設計者自ら製品のデザインをより優れたものにすることもできるでしょう。
上記を踏まえ、今回は「設計者が学ぶべきデザイン基礎知識」について解説します。
“設計者が学ぶべきデザイン基礎知識”は普遍的(人によって好みがばらけない)で、即効性が高い(設計者が活用しやすい)ものであることが望まれます。普遍的で即効性の高い知識とは、基本造形(かたち)の作り方やバランスのとり方など、どのようなシチュエーションでも評価がばらつきにくい知識であり、逆にそうではない知識とは、「この市場には木目調が合う」や「このユーザー層はメタリックが好き」など、見る人や使う環境で評価がばらけるものをここでは指します。
なお、本連載の内容は、製品開発の現場で工業デザイナーとのコミュニケーションが多い“構造設計”担当者に向けたものがほとんどですが、基本的な思想は平面のデザイン(パッケージや画面設計など)にも活用できるものもありますので、読者の立場や取り組む業務に合わせて応用してみてください。
本連載では、設計者が学ぶべきデザイン基礎知識として、「かたち」に関する以下の3つのテーマについて取り上げます。設計者が学ぶべきデザイン基礎知識は「かたち」以外にも、「色彩」「質感」「フィードバック(動作後の反応)」など、他にもいくつかありますが、今回はあらゆる工業製品開発に登場する「かたち」に絞って解説します。
また、それぞれのテーマを以下の3つの観点で解説します。本連載を読み進める際のガイドラインとして活用ください。
今回は、1つ目のテーマである「かたちの比率」について解説します。
人には美しく感じる比率というものがあるようです。ただし、何故特定の比率を人が美しく感じるのかは、スピリチュアルな要素も含め、さまざまな理由が挙げられますが、明確な科学的根拠の提示が非常に困難とされています。
ひとまず、実務の場では「どうやら美しく見える比率があるらしい」とだけ理解していただき、ここで紹介する内容を“かたちの考え方のパターン”として認識しておくだけで十分です。これらを知っておくだけで、製品を美しいかたちに近づけるだけでなく、割り切りによる作業効率の向上効果も期待できるため、知っておいて損はありません。
美しい比率で最も有名なのは「黄金比(1:1.618)」でしょうか。身近なものでいうと、「iPhone」やタバコのパッケージ、3つ折りのお札が黄金比に近い形として有名です。他にも、デザイン業界で美しいといわれる比率は、「白銀比(1:1.414)」「青銅比(1:3.303)」「白金比(1:1.732)」「第2黄金比(1:2.618)」など、さまざまあります。ただ、美しさとその比率に関する話は奥深く、黄金比に関する話だけでも本1冊以上の内容になってしまいますので、細かい話は専門書に任せて、本連載では実務的に必要なポイントに絞って話を進めます。
結論、設計者が実務的に知っておくべきなのは、せいぜい「黄金比」「白銀比」「1:1」の3つ程度です。ちなみに、大ざっぱにいえば「PowerPoint(パワポ)」でいう16:9サイズが黄金比に近く、4:3サイズが白銀比に近いかたちです。
さらに付け加えると、デザイン実務の場でも、わざわざ今検討しているデザインが黄金比になっているか/なっていないかを細かく確認しているデザイナーは多くなく、「結果として黄金比に近かった」というケースも多分にあります。つまり、開発実務におけるかたちの比率の取り扱いは厳密である必要はなく、何となくその比率に近ければよいのです。
とはいえ、これらの比率を全く気にしなくてもよいかというとそうではなく、人がこれらの比率を美しいと思うのであれば、美しい製品を作るときにその事実をよりどころとしない手はありません。
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