本連載では大手企業とスタートアップのオープンイノベーションを数多く支援してきた弁護士が、スタートアップとのオープンイノベーションにおける取り組み方のポイントを紹介する。第16回は、知財デューデリジェンスでも問われる職務発明規定の定め方について、留意点を解説する。
前回は、スタートアップのM&Aの知財デューデリジェンス(DD)に関する留意点のうち、職務発明における留意点をご紹介しました。今回は、特に第三者からの権利侵害警告に関する問題点をご紹介します。
※なお、本記事における意見は、筆者の個人的な意見であり、所属団体や関与するプロジェクトなどの意見を代表するものではないことを念のため付言します。
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特許庁の公開する「知的財産デュー・デリジェンス標準手順書及び解説」の調査項目にも挙がっていますが、対象会社における知的財産関連紛争の有無や内容は、M&A実行前のDDにおいてよく調査される項目の1つです。対象会社が知的財産権侵害に関する係争を抱えていることは、M&Aの実行自体を差し控えるとの結論に至ることや、事業価値を減少させることにつながりかねません。
従って、スタートアップをM&Aしようとしている事業会社としては、対象会社における知的財産関連紛争の有無や内容はもちろんですが、それに加え、対象のスタートアップが、第三者から知的財産権侵害を理由とした係争を起こされないよう、可能な限りの手を尽くしているかどうかを調査検討しておくことが望ましいでしょう。
いわゆるスイングバイIPO(新規上場)として、事業会社がスタートアップをM&Aする際、例えば過半数の株式取得に留め、M&A後に対象会社を上場させる場合もあります。そのため、M&A後の戦略次第では、対象のスタートアップの上場可能性を検討することも重要です。
そこで、紛争と上場の関係を見ていきましょう。東京証券取引所(東証)が公開する、グロース市場(新興企業向け市場)の上場に際しての事前チェックリストにおいて以下の記載があります。
最近3年間及び申請期において、解決済み及び未解決の事件について、事件発生の経緯及び事件の内容等を説明してください。特に、特許、実用新案関係等のビジネスモデルに影響を与えると考えられる係争事件については、弁護士や弁理士の見解を踏まえたうえで説明してください。
このように、上場準備期間中に、第三者から知的財産権を侵害することを理由に差止や損害賠償を求めて訴訟を提起されたり、警告を受けたりすることは、極めてリスクの大きいことといえます。
例えば米国においては、2012年3月、Facebookが上場直前にヤフーに特許侵害訴訟を提起された事件があります。この訴訟は、最終的には和解にて終了しましたが、上場に大きな影響を与えたとされています。では、どのようにして和解まで持ち込んだのでしょうか。
提訴直後、Facebookはヤフーに対してカウンターの訴訟を提起するべく、提訴直後にIBMから数百件の特許を購入し、その特許の一部を活用してカウンターで特許侵害訴訟を提起し和解まで持ち込んだのです※1。(その後Microsoftからも5億5000万ドルでの特許の購入やライセンスを受けています。このように、Facebookが巨額の費用を投じてまでも特許侵害訴訟を和解にて終結させようとしたことからも、上場準備期間中に、第三者から知的財産権を侵害することを理由に差止や損害賠償を求められることのリスク、影響力の大きさは理解できるでしょう。
※1:複数の特許でクロスライセンス契約を結び、また、新たな広告パートナーシップを立ち上げ、コンテンツ配給協定を拡大することとなった。
第三者の権利侵害の有無、リスクやこれを巡る紛争の有無などを調査検討する際にはどのような点に留意すればよいのでしょうか。
以下では調査項目を検討していきましょう。例えば対象会社については、以下の項目などに関して、検討中のM&Aの支障になり得るものを対象に調査、検討することとなるでしょう。
(1)係属中、あるいは潜在的な訴訟や紛争
例:多額の債務を負い得るもの(損害賠償請求、職務発明に関する相当の利益請求訴訟など)
事業の実行の妨げになるもの(特許権侵害を理由とした差止請求訴訟等)
(2)過去に起きた訴訟、紛争
(3)具体的な紛争にまでは発展していないクレームなど
ここでの知財関連の紛争としては、以下のような例が挙げられます。
(1)警告や訴訟などにおいて、第三者から対象会社による知的財産権の侵害を主張されている場合
(2)警告や訴訟などにおいて、対象会社が第三者による知的財産権の侵害を主張している場合
(3)特許庁において、自社の産業財産権の有効性などが争われている場合
(4)特許庁において、対象会社が第三者の産業財産権の有効性等を争っている場合
(5)従業員から職務発明規程に基づく相当の利益を請求されている場合
紛争が顕在化していない場合でも、例えば対象会社の事業を営む際に第三者の特許権を侵害していて、当該第三者が対象会社に対して特許権侵害に基づく差止請求を行い、これが認められれば、当該事業の少なくとも一部が実行できなくなりかねません。そこで、紛争として認識されていない場合であっても、第三者の知的財産権の侵害の有無などを調査することも大事です。この場合、FTO調査を行うこととなるでしょう。
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