M&A前に必ず把握すべき、スタートアップが持つ知財や管理体制スタートアップとオープンイノベーション〜契約成功の秘訣〜(14)(4/4 ページ)

» 2022年09月13日 08時00分 公開
[山本飛翔MONOist]
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営業秘密の3要件

 営業秘密はオープンクローズ戦略などにおいて活用される重要な知財の1つといえます。不正競争防止法上の保護を受けることができるようにその秘密が管理されていることが重要ですが、不正競争防止法2条6項は、「営業秘密」を以下の3要件で定義しています。

  • 秘密として管理されている[秘密管理性]
  • 生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上または営業上の情報である[有用性]
  • 公然と知られていないもの[非公知性]

 多くの実務では秘密管理性の充足が問題になります。このため、いかなる場合に秘密管理性が肯定されるのかを確認しておくべきです。

 営業秘密は、「秘密として管理されている」必要があります。この秘密管理性要件が課された趣旨は、企業が秘密として管理しようとする対象(情報の範囲)が従業員などに明確に示されることで、従業員などの予見可能性、ひいては、経済活動の安定性を確保する点にあるとされています※7

※7:経済産業省「営業秘密の管理指針」4頁。

 要件としては、当該情報の保有者に秘密に管理する意思(秘密管理意思)だけでなく、当該情報にアクセスした者に当該情報が営業秘密であることを認識できるようにしていること(認識可能性)や、当該情報にアクセスできる者が制限されていること(アクセス制限)が必要です※8※9※10。以下、具体的な管理方法などについての議論を若干紹介します。これらの記述を踏まえて、対象会社の営業秘密の管理体制が十分なものか否か、不十分な場合にはいかなる改善を施すべきかを検討すべきです。

※8:情報の性質や内容によっては、営業秘密であると容易に認識できるものもある。例えば、男性用かつらの顧客名簿(大阪地判平成8年4月16日判タ920号232頁)やソフトウェアのソースコード(大阪地判平成28年11月22日平成25年(ワ)第11642号)など。

※9:東京地判平成12年9月28日判タ1079号289頁。

※10:認識可能性およびアクセス制限の関係について、経済産業省「営業秘密の管理指針」は、最低限の秘密管理措置がとられていれば、アクセス制限は認識可能性を担保する1つの手段にすぎないため、情報にアクセスした者が秘密であると認識できる(「認識可能性」を満たす)場合に、十分なアクセス制限がないことを根拠に秘密管理性が否定されることはないと説明している(6頁)。

管理の程度

 要求される情報管理の程度や態様は、秘密とされる情報の性質、保有形態、企業の規模などに応じて決せられるとされています※11※12。例えば、社員10人程度の規模の小さい企業では、社内の従業員に対し、情報の持ち出しや業務外での利用などを禁止するだけで十分と判断した例もあります※13

※11:PC樹脂の製造技術に関する情報は世界的に希有な情報であって、製造に関係する従業員は当該製造技術が秘密であると認識していたといえるとして秘密管理性を肯定した裁判例がある(知財高裁平成23年9月27日(平成22年(ネ)第10039号))。

※12:大阪地判平成15年2月27日(平成13年(ワ)第10308号)【セラミックコンデンサー設計図不正取得事件】。

※13:大阪地判平成15年2月27日(平成13年(ワ)第10308号)【セラミックコンデンサー設計図不正取得事件】、東京地判平成29年2月9日(平成26年(ワ)第1397号・平成27年(ワ)第34879号)など。

 当該情報を利用しようとする者が、情報を保有する企業の従業者か外部者かによっても要求される管理の程度が異なるとした裁判例も存在します。

管理方法

 秘密管理措置は、(i)営業秘密の一般情報(営業秘密ではない情報)からの合理的区分と(ii)当該対象情報について営業秘密であることを明らかにする措置とで構成されます※14

※14:経済産業省「営業秘密の管理指針」の7頁。

 (i)合理的区分とは、営業秘密が、情報の性質、選択された媒体、機密性の高低、情報量などに応じて、一般情報と合理的に区分されることをいいます。

 また、(ii)当該対象情報について営業秘密であることを明らかにする措置としては、主として、媒体の選択や当該媒体への表示、当該媒体に接触する者の限定、営業秘密たる情報の種類・類型のリスト化、秘密保持契約(あるいは誓約書)などにおいて守秘義務を明らかにすることなどが想定されます※15

※15:具体的な措置について、経済産業省「営業秘密の管理指針」の10〜13頁においては、媒体などに応じた注意点が挙げられているので、一定程度参考になろう。

終わりに

 今回は、事業会社によるスタートアップのM&Aの留意点を紹介しました。次回も引き続き、事業会社によるスタートアップのM&Aをテーマに開設を行います。

 ご質問やご意見などあれば、下記欄に記載したTwitterFacebookのいずれかよりお気軽にご連絡ください。また、本連載の理解を助ける書籍として、拙著『オープンイノベーションの知財・法務』、スタートアップの皆さまは、拙著『スタートアップの知財戦略』もご活用ください。

⇒連載「スタートアップとオープンイノベーション〜契約成功の秘訣〜」バックナンバー

筆者プロフィール

山本 飛翔(やまもと つばさ)

【略歴】

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2014年 東京大学大学院法学政治学研究科法曹養成専攻修了
2016年 中村合同特許法律事務所入所
2019年 特許庁・経済産業省「オープンイノベーションを促進するための支援人材育成及び契約ガイドラインに関する調査研究」WG(2020年より事務局筆頭弁護士)(現任)/神奈川県アクセラレーションプログラム「KSAP」メンター(現任)
2020年 「スタートアップの知財戦略」出版(単著)/特許庁主催「第1回IP BASE AWARD」知財専門家部門奨励賞受賞

/経済産業省「大学と研究開発型ベンチャーの連携促進のための手引き」アドバイザー/スタートアップ支援協会顧問就任(現任)/愛知県オープンイノベーションアクセラレーションプログラム講師
2021年 ストックマーク株式会社社外監査役就任(現任)

【主な著書・論文】

「スタートアップ企業との協業における契約交渉」(レクシスネクシス・ジャパン、2018年)
『スタートアップの知財戦略』(単著)(勁草書房、2020年)
「オープンイノベーション契約の実務ポイント(前・後編)」(中央経済社、2020年)
「公取委・経産省公表の『指針』を踏まえたスタートアップとの事業連携における各種契約上の留意事項」(中央経済社、2021年)
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