本連載では大手企業とスタートアップのオープンイノベーションを数多く支援してきた弁護士が、スタートアップとのオープンイノベーションにおける取り組み方のポイントを紹介する。第14回はスタートアップのM&A時に確認すべき知財の管理体制などについて解説を行う。
前回は、スタートアップに投資する際の株主間契約の主たる留意点について説明するとともに、スタートアップに対してM&Aを実施する場合の留意点をご紹介しました。
今回も引き続き、スタートアップにM&Aを行う際のポイントをご説明します。
※なお、本記事における意見は、筆者の個人的な意見であり、所属団体や関与するプロジェクトなどの意見を代表するものではないことを念のため付言します。
知的財産の状況を調査する知財デューデリジェンス(DD)の実施に当たっては、どのように調査を進めるかを決めることが第1ステップとなります。スタートアップが特定の技術について特許出願を行っていれば、その内容は文書化されています。その場合はそこから調査に取り掛かることができるでしょう。
必要に応じて当該出願代理人の弁理士に協力を依頼して、対象となるスタートアップの保有する技術や知財について把握することになります。この調査の際、スタートアップの事業で必要と思われる知的財産権が適切に取得されているか、つまり、「本来あってしかるべきものが欠けていないか」という視点で確認することが極めて重要です。知財戦略への取り組みが不十分なスタートアップも少なくありません。取得している知財にだけ目を向けると、本来把握すべき事項が漏れ落ちてしまう恐れもあります。
スタートアップといえども、時に保有する知的財産権の数が極めて多数に及ぶことがあります。DDの予算や期限の制約が厳しい場合には、知的財産権の数と個々の権利の重要性に応じて、重要なものに絞った調査によって検討対象を限定することも考えられます。
一方で、スタートアップがそもそも特許出願を行っていない場合は話が違ってきます。強みの技術やノウハウが、スタートアップのCEO(最高経営責任者)やCTO(最高技術責任者)、その他の主要なエンジニアの「頭の中」にしか記録されていない、といったケースです。こうした場合、スタートアップと友好的な関係を保ちつつ、CEOやCTO、主要なエンジニアなどと密なコミュニケーションをとり、それらの技術やノウハウの情報を入念にヒアリングする必要があります。
知財DDの対象となる知的財産を特定した後は、当該知的財産に関する権利が登録を要するか否かで調査、確認すべき事項が変わってきます。
まず、特許権や商標権のような、登録が必要な知的財産権については、以下の事項について調査が必要です。なお、これらの権利の移転については(一般承継の場合を除き)移転登録が効力発生要件とされていることに留意すべきです。
※1:特許を受ける権利や特許権などが共有の場合、共有者の一方は、他方の共有者の同意なく、その共有持分を譲渡できないものとされている(特許法33条3項・73条1項、意匠法15条2項・36条)。なお、例えば米国の特許権が共有のとき、日本の特許権とは異なり、他の共有持分権者の同意なく、自己の共有持分を譲渡できる(米国特許法261条参照)のみならず、共有持分権者であれば自己実施に加えて(米国特許法262条)、非独占的ライセンスも(Schering Co. v. Roussel-UCLAF SA v. Zeneca Inc., 104 F. 3d 341 (Fed. Cir. 1997))他の共有持分権者の同意なくできるとされており、諸外国の権利については日本法と規律が相違し得る。
「出願、審査の経過や現在の状況」の確認においては、対象会社からのヒアリングだけでなく、特許庁に対して出願書類閲覧申請を行い、各出願についての最新のファイル記録事項記載書類の写しを取り寄せることも重要です。「権利関係」について、共有者が存在する場合には、共有者間において共有となっている知的財産権の取り扱いについて契約(共同研究開発契約の中に含まれていることも多い)の有無や内容を検討する必要があります。
「権利の存続期間」においては権利の有効期限の満了日の確認だけでなく、年金の納付が適切になされているか、商標権の場合には更新手続が取られているかなども併せて確認すべきです。「登録状況」については、特許登録原簿、商標登録原簿などの各種登録原簿の謄本などを取得して確認することが大事です。
また、著作権のように、登録が効力発生要件になっていないもの※2については、そもそも権利の有無やある場合の権利の内容の特定が困難です。著作権については、まずは、著作者表示(著作権法14条)や著作権表示(Copyrightまたは(c)、第1発行年、著作権者)がどのようになされているかを調査の足掛かりにします。その上で、当該著作物の創作過程を検討して、必要に応じて下記の対応を検討するべきです。
※2:著作権の場合、登録制度が存在するものの、登録によって特定の法的効果が発生するわけではない。
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