本連載第83回で触れたように、欧州委員会の保健・食品安全総局は、2022年5月3日、EU域内統一ルールとしての「欧州保健データスペース(EHDS)規則」提案(関連情報)を公表するとともに、EU全体のイニシアチブとしてEHDSを正式に発足させた(関連情報)。
これに対して英国のDHSCは2022年6月13日、「データは生命を救う:保健社会福祉をデータで変革する」と題する戦略文書最終版を公表している(関連情報)。本戦略は、2021年6月22日に公表した草案(関連情報)およびそれに対するパブリックコメントを踏まえて策定されたものである。
本戦略は、安全で、信頼された、透明性のある方法で、住民の保健医療を向上させるために、データを利用する方法について、DHSCのビジョンを示したものであり、以下のようなことを目的としている。
表3は、この保健医療データ戦略を構成する各項目およびビジョンを整理したものである。
このように新たな保健医療データ利活用戦略を打ち出した英国だが、EUの保健医療データ利活用領域・テーマと比較すると、全てが二項対立関係にあるわけではない。例えば、EHDSの先導役を担ってきた「欧州保健データスペースに向けた共同行動(TEHDAS)」(関連情報)は、2022年6月30日、「より健康なデータ:保健データ再利用に関する市民からのオンライン意見募集−中間報告書」(関連情報)を公表しているが、本中間報告書をとりまとめたのは、英国のNHS財団とベルギーのシエンサノ(SCIENSANO、旧公衆衛生科学研究所)である。両組織とも、市民主導型のオープンサイエンス/シチズンサイエンスを積極的に推進しており、各国・地域の保健医療データ分析に関わる教育・研究機関や臨床医療施設と太いパイプを持っている。
図2は、本中間報告書より、EHDSに関する市民からのオンライン意見募集向けの帰納的テーマティックアナリシス法によるフレームワークを示している。
欧州地域で保健医療データを利用した研究開発や市販後安全対策を行う医療機器企業やデジタルヘルス企業は、市民主導型のオープンサイエンス/シチズンサイエンスがもたらす信頼性や安全性、透明性が、英国やEUにおけるデータの1次利用および2次利用を支える基盤的役割を果たしている点を認識すべきであろう。
特に英国は、保健医療分野のデータガバナンス体制づくりや品質・安全管理人材の育成などにおいて、豊富なユースケースやベストプラクティスを集積して、ナレッジ化、グローバル化することに長けており、コロナ禍の間も、人材交流活動を活発に行ってきた経緯がある。英国の場合、短期的には、コロナ禍で首相を務めてきたボリス・ジョンソン氏の退陣や後継者問題などを抱えているが、オープンサイエンス/シチズンサイエンスの台頭は、欧州以外の地域にある研究機関や民間企業にとっても避けられないテーマとなりつつあるので、注意が必要だ。
笹原英司(ささはら えいじ)(NPO法人ヘルスケアクラウド研究会・理事)
宮崎県出身。千葉大学大学院医学薬学府博士課程修了(医薬学博士)。デジタルマーケティング全般(B2B/B2C)および健康医療/介護福祉/ライフサイエンス業界のガバナンス/リスク/コンプライアンス関連調査研究/コンサルティング実績を有し、クラウドセキュリティアライアンス、在日米国商工会議所、グロバルヘルスイニシャチブ(GHI)等でビッグデータのセキュリティに関する啓発活動を行っている。
Twitter:https://twitter.com/esasahara
LinkedIn:https://www.linkedin.com/in/esasahara
Facebook:https://www.facebook.com/esasahara
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.