本連載では製造業DXの成否において重要な鍵を握るPLM/BOMを中心に、DXと従来型IT導入における違いや、DX時代のPLM/BOM導入はいかにあるべきかを考察していく。第5回はPLMを活用した化学物質管理のコンプライアンス対応の現状を紹介する。
PLMを活用した業務の効率化自体は、以前から多くの企業が実践してきました。しかし近年の傾向として、コンプライアンス強化に活用する事例が増加しています。その背景要因としては、製品開発に関する法令や規格が増加し、人海戦術だけで対応することが困難になったということが挙げられます。今回のコラムでは、ほとんどの製造業にとって避けられない課題である化学物質管理のコンプライアンス対応について解説します。
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製造業に従事する多くの方々は、自社製品に含まれる化学物質を明らかにし、そのリスク管理が必須事項であることをご存じのことと思います。図表1は、主要経済地域で実施される代表的な化学物質管理に関する法規制をまとめたものです。
欧州では、ほとんどの方が一度は耳にしたことがあるREACH(Registration, Evaluation, Authorization and Restriction of Chemicals)が施行されています。また、北米では通称TSCA(Toxic Substances Control Act)と呼ばれる有害物質規制法、中国では「中国版RoHS(Restriction of Hazardous Substances Directive)」と呼ばれる電子情報製品汚染予防管理方法、日本では化審法(「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律」)などの法規制があることが知られています
このような法規制に対して、自社製品の化学物質情報に関する企業間の伝達方法も変えていく必要があります。図表2では、これまでの伝達方法と、理想的な伝達方法を比較して図示しています。なお、図中の「川上メーカー」はサプライチェーン上の素材や原材料メーカー、「川下メーカー」はその逆の完成品メーカーを指しています。
図表2の左図が化学物質情報伝達の従来モデルとなります。化学物質管理の発信元は完成品メーカーです。直接取引のあるサプライヤー(「川中メーカー」)に対して、企業独自のフォーマットで納入される部品や素材中の化学物質成分や含有量についての回答を要求します。さらに川中メーカーは川上メーカーに対して、同様に独自フォーマットで、部品や素材の含有化学物質に関する回答を要求します。従って、川上メーカーから見ると、「自社の部品や素材の調査結果をそれぞれの納入先に指定されたフォーマットで個別に回答する必要がある」ということになります。
このように各社固有の形式で情報交換すると、上下方向の多数かつ個別の情報流が発生しかねません。特に川下メーカーよりも、川上メーカーの方にその負担を強いることになります。このことは、調査回答業務の効率低下だけでなく、製造業全体の情報品質の低下につながる危険性が指摘されていました。
この問題に対し、JAMPは化学物質管理の情報伝達に関して業界横断で標準化を推進してきました。JAMPとは、「アーティクルマネジメント推進協議会(Joint Article Management Promotion-consortium)」のことで、この問題を解決するために17社の企業が発起人となって2006年9月に発足されたコンソーシアムです。
JAMPが理想とする化学物質の情報伝達モデルが図表2の右図です。化学物質管理の情報伝達のフォーマットを標準化して流れを整流化することで、スッキリとした状態になっています。従来とは逆に川上メーカーが発信元になることで、新素材を開発すると、同じ情報を複数企業に展開する仕組みを提案しています。
JAMPが推進する情報伝達の共通スキームは「chemSHERPA(ケムシェルパ)」と呼ばれ、各企業の標準書式による情報伝達を具体化しています。ちなみに、自動車業界では「IMDS(International Material Data System)」が、環境保護のための業界の共通スキームとして利用されています。
さて、このように整流化された化学物質情報伝達を実現する上で役立つのがPLMです。図表3に、PLMシステムを用いた化学物質の情報管理モデルの例を示しました。化学物質情報は、左のサプライヤーから情報共通基盤を通じて、PLMシステムが管理する部品情報にいくつかのステップを経て転送されます。
ここでは情報共有基盤と書きましたが、クラウドサービスを利用すると、多くのサプライヤーからの回答が効率的に収集できます。PLMはBOM(部品表)を用いて、部品が管理する各物質の成分や含有量を製品単位に集計し、法規別の基準マスターを用いて可否判定を行います。さらに判定結果を市場や情報流通基盤を経由して、納入先企業へと提供するのです。
現時点では、PLMシステムの内部に化学物質管理や判定機能を置かずに、専用の化学物質管理ソフトウェアを外部連携する方式で実装するケースが多いのが実態です。しかし、図表3のように、インプット⇒収集⇒集計/判定⇒アウトプットのフローをPLMシステムが一元的にコントロールする日も近いのではないかと思います。
今回のコラムの内容は、筆者の新著である『図解DX時代のPLM/BOMプロセス改善入門』にも記載しましたので、併せて参考にしていただけると幸いです。
次回は製造業のコンプライアンス対応の続きとして、自動車業界の多くの企業が対応すべき品質規格への対応を解説したいと思います。お楽しみに。
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三河 進
株式会社グローバルものづくり研究所 代表取締役
大阪大学基礎工学部卒業。
大手精密機械製造業において機械系エンジニアとして従事後、外資系コンサルティングファーム、大手SI会社のコンサルティング事業を経て、現職に至る。
専門分野は、製品開発プロセス改革(3D設計、PLM、BOM、モジュラー設計、開発プロジェクトマネジメントなど)、サプライチェーン改革、情報戦略策定、超大型SIのプロジェクトマネジメントの領域にある。また、インターナショナルプロジェクトにも複数従事経験があり、海外拠点のプロセス調査や方針整合などの実績もある。
・「図解DX時代のPLM/BOMプロセス改善入門」,日本能率協会マネジメントセンター(2022)
・「5つの問題解決パターンから学ぶ実践メソッド BOM(部品表)再構築の技術」,日本能率協会マネジメントセンター(2018)
・「製造業の業務改革推進者のためのグローバルPLM―グローバル製造業の課題と変革マネジメント」,日刊工業新聞社(2012)
・「BOM/BOP活用術」,日経xTECH(2016)
・「グローバルPLM〜世界同時開発を可能にする製品開発マネジメント」,ITメディア社MONOist(2010)など多数
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