PFNは注力領域の一つとしてライフ&マテリアルサイエンスを挙げている。PFN 代表取締役 最高研究責任者の岡野原大輔氏は「ライフサイエンスでは個別最適化によるwell-beingの実現を目標としており、今回開発した仮想人体生成モデルはこの目標に合致したものとなっている」と語る。
ただし、ライフサイエンス領域における機械学習や深層学習の活用ではデータ収集が難しいことが課題になっている。病院に入院する際などにはさまざまな診断機器を使ってデータを収集でき患者本人の同意も得られやすいが、そのような状況は限られている。一方、多くの人々が社会生活を送る中でウェルネス向上などを目的とする場合、データ収集のハードルが高くなり、十分なデータ量を集めようとすると高コストになってしまう。「今回開発した仮想人体生成モデルを用いることで、気軽かつ魅力的にデータを入力してもらえるようになる」(岡野原氏)という。
仮想人体生成モデルは、数十〜数百項目のさまざまなデータセットを複数組み合わせ、1つの巨大なデータセットとして学習を実施している。データセット間の質の異なり(数値、性別などのカテゴリー値、アンケート結果など)や巨大な欠損部分の取り扱いが課題になるが、PFNとして独自の試行錯誤を重ねた結果、一定の予測精度を保ったまま今までにない多種多様な項目の推定が可能になった。
なお、ここで言う「一定の予測精度」は、特定の生体データの値を予測するような専門のアルゴリズムよりも高精度にはなるという意味ではない。仮想人体生成モデルで扱う1600項目について汎用的に適用でき、活用可能なレベルでの予測精度が得られるということだ。
花王は、一人一人に最適なソリューションを提案する「プレシジョン・ライフケア」に向けて、多種多様な項目を網羅的に推定する汎用的な役割を果たす仮想人体生成モデルと、個人状態を精確に同定するプレシジョン・モニタリングをコア技術として展開していく方針だ。プレシジョン・モニタリングでは、花王とPFNで先行して取り組んできた皮脂RNAモニタリングの他にも、皮膚画像解析や歩行動作解析、微細構造解析などさまざまな技術を2020〜2021年にかけて多数発表している。
このプレシジョン・ライフケアの進化する場となるのが、花王と多様なパートナーとの共創の取り組みとなるデジタル・ライフ・プラットフォームである。長谷部氏は「こういったプラットフォームは花王だけが使えばいいという見方もあるが、それでは意味がない。広く使っていただくことを前提に多くの情報が集まり、相乗的に分かることが増えてくれば、おのずとデータ精度を高められる。花王だけでなく多くの協業先ソリューションからも最適な推奨を行える。そしてエビデンスベースで、実証を基に答えを返していけるようにしたい」と意気込む。
NTTドコモとの協業では、同社のデジタルヘルスケアサービス「dヘルスケア」を介してアプリケーション開発事業者が仮想人体生成モデルを活用することで、それらのサービスやアプリケーションのユーザーからのデータ入力が期待できる。「今後は、2022年内に他の協業パートナーも発表できるだろう。2023年からは、それらの協業パートナーとともに本格的な展開を始められるようにしたい」(長谷部氏)。また、化粧品や生活用品を手掛ける競合他社も排除せず、積極的に協業を広げていく意向も示した。
会見の最後に長谷部氏は「長らく花王は“変わらない”といわれてきたが、今回の取り組みは花王が大きく変革を迎えるためのきっかけになると信じている。今世界は悲鳴を上げながら多くの分野でもがき苦しみ、スピードを上げて変化しようとしている。これからの世界にムダなモノづくりが許されるはずがない。花王は大量にモノを作って、消費者に喜んでいただいてきた会社だ。しかし、今と未来の笑顔のために垣根なく全ての力を結集して、よく知ること、深くかかわること、そしてともに発展することを目指したい。これからは、仮想人体生成モデルを中核に多くの人のデータを扱わせていただき、データそのものを良きものに返していき、それに対して良きサービスを返していく。プレシジョン・ライフケアは、その“道しるべ”になる」と述べている。
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